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マージャンで生きる人たち 第9回 健康麻将ガラパゴス創業者 田島智裕 「参加者に喜ばれ、なおかつ社会的意義のあることをやり続けたい」

マージャンで生きる人たち 第9回 健康麻将ガラパゴス創業者 田島智裕 「参加者に喜ばれ、なおかつ社会的意義のあることをやり続けたい」
マージャンで生きる人たち
2016年04月06日 18:30

 昼は賭けないマージャン。夜は飲み食い自由の居酒屋マージャン。そんな斬新な営業スタイルの『健康麻将ガラパゴス』。創業者である田島智裕氏は、一般社団法人健康麻将協会の理事長も務めながら、日々様々な角度からマージャンの普及に尽力している。その熱い思いの原点に迫る。

 

田島智裕(たじま・ともひろ)プロフィール

1940年、朝鮮・会寧生まれ。O型、さそり座。1945年、日本に引き揚げ帰国。東京綜合写真専門学校卒業。『健康麻将ガラパゴス』創業者。現・一般社団法人健康麻将協会理事長。好きな役は三色同順と純チャンタ。

 

『健康麻将ガラパゴス』。店名の由来は?

「1964年、24歳になった頃、南米放浪の旅に出ました。28歳で帰国し、レストランを始めようかなって思っていたんです。そんな折、6歳下の弟からマージャンはどうだなんて言われ、それはいい!と即断。すぐに六本木にあったマージャン店を居抜きで買いました。開業した1968年頃は、フリー店という営業形態は存在しておらず、セット専門店としてスタートしました。マージャンブームもあり、全9卓は夕方には予約で埋まる状況。6年間経営した後、14卓入るスペースに移転し『ガラパゴス』を新規オープンしました。店名は、南米を放浪していた時にガラパゴス諸島に行ったことに由来しています。マージャン店としては、他にはまず無い店名でもあったので(笑)。そのぐらいの軽い気持ちでつけた店名だったのですが、静岡の同業者から『ガラパゴスっていうことはダーウイン進化論の法則なんだよね。マージャン界も進化しなければならないよね』。なんて言われたんです。いやいやそこまで考えていなかった。でもその考え、使わせてもらうよって(笑)」

「ただ当時は、マージャンのイメージが本当によくなかった。こんなに素晴らしいゲームなのに何か悪いことでもしているように受け取られるのはどうしてなんだろう。日々疑問に思っていたんです。似ているものでは〈お酒〉がいい例です。お酒は百薬の長とも言われているけれど、その対極にはアルコール依存症という病気もある。お酒自体が悪いわけではなくて、お酒と人がどう関わるのかが問題なんです」

「マージャンもまったく同様です。関わり方こそが大事であり、マージャンにはいいところがたくさんあるんです。そのいいところを世の中に知らせたい。そんな思いが募り、お店を経営しながら、マージャンを通して何か活動できないかと考えるようになりました。それで東京都港区の広報に相談に行き『麻布敬老マージャン大会』を提案しました。つまんない政治家が来て、挨拶されても誰も喜ばない。だったら、参加者が喜ぶマージャン大会はどうですかと話をしまして。そうしたらあっという間に定員に達しました。男性が多いのかなと思いきや、参加者の男女比は女性7割、男性3割でした。それ以来、毎年開催するようになったのですが、年に1回ではもの足りないって参加者から言われまして。それなら、マージャンの社交場を作ろうと。お店を開放し、セットだけではなく、健康マージャンも楽しめる『健康麻将ガラパゴス』が始まったんです。港区の広報に告知掲載をすると、毎週1回、50名ほどの人が集まるようになりました。『賭けないで遊べるなんて素晴らしい』と言われ、お客さんがどんどん増えていったんです」

 

マージャンをはじめたきっかっけは?

「6歳の頃、父から教わりました。その頃の父は軍人で、朝鮮半島に赴任していました。私は終戦後、1950年に日本に帰国し、小学校4年のときから本格的にマージャンをやるようになりました。両親と双子の兄と家族マージャン。なんて楽しいゲームなんだと、夢中になりました。戦後、父は紙芝居屋を始めました。紙芝居は子供たちが学校から帰ってこないと商売にはなりません。子供が休みの週末は、朝から書き入れ時になります。でも雨が降れば、父の仕事は休みになる。そうすると家族マージャンになるんです。だから日曜日は雨にならないかなと、ワクワクしていました。父の書き入れ時に、とても不謹慎なんですが(笑)。そうやってずっと家庭でマージャンをやっていたので、マージャンは賭けるものだという概念がないんです」

 

マージャンを通して行っている様々な活動とは?

「誰もやっていないことをやりたい。具体的には参加者に喜んでもらえて、なおかつ社会的意義のあること。自分の金儲けのために何かをやろうとすると、マスコミに取り上げられることはまずありません。敬老マージャン大会の開催が、私のボランティア活動の原点になっています。当時はボランティアなんて言葉もまだ無い時代でしたが(笑)。ボランティアでやっていると、手伝いたいと言ってくれる人が必ず現れるものなんです」

「視覚障害者向けの点牌(点字マージャン)もそのひとつです。NHK第二放送ラジオをたまたま聞いたのがきっかけでした。目の見えないお父さんが、家族で一番マージャンが強いんですという内容のお便りが紹介されていたんです。これはニーズがあると思い、点牌マージャン大会をやりたいと東京都盲人福祉協会と日本盲人会連合に話をしに行ったら、20人もの申し込みがありました。集合場所は渋谷駅のハチ公前。ただ当日、大雨になってしまったんです。健常者でも出かけるのが億劫になるようなどしゃぶり。でも時間通りに全員が集合していました。点字図書館に売っているシールを牌に貼り、1日楽しく過ごせたので、また来年開催しようと思いきや。参加者の皆さんから、継続的に学びたいという要望がありまして。毎月第2土曜日に点牌教室を開催するようになり、今年で8年目になります。現在はパラリンピックの正式種目を目指し、まずはエキシビジョンとして出場したいと考えています。点字将棋の仲間も一緒に出ようと盛り上がっていますよ」

「マージャンは、社会復帰につながるきっかけを生み出すコミュニケーションツールにもなりえます。だから今後は、医療機関でマージャン教室を開催することも考えています。病院の待合室でマージャンができる環境があれば、病院に行くこと自体も楽しくなる。マージャンは継続性があるのでうってつけなんです。今は来たるべきときのために、そのスタッフを養成しています」

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東日本大震災以降、車に卓を積み込んで被災地を回わる日々も過ごす

 

 

田島さんのモチベーションの原点は?

「思い返せば、外国に行こうとした24歳の時、なんで自分は外国に行きたいのか。その理由が正直わからなかったんです。朝日新聞で1962年に始まった『新・人国記』という連載があって、それを読んでいたら〈外地〉(第二次世界大戦までの日本が領有していた地域)で生まれた日本人と、〈日本〉で生まれた日本人とでは少し視野が違うんだなと感じるところがありました。外地で生まれた自分には、世界に出て行こうという突き動かされるような衝動が常にあります。自分の中では、日本人としてのプライドを持たせてもらったのが南米放浪だったんです。これがモチベーションの原点かもしれません」

 

マージャンの世界で生きていきたい人へ

「正直、私はマージャンが下手です。朝まで付き合えよなんてお客さんに言われたときは、ガタガタ震えながらやっていたぐらいです。でもそれでいいんです。世の中上手な人とそうじゃない人のどっちが多いのか。上手な人は1~2割程度。上手くなりたい人が8割以上。ゴルフでもなんでもそう。だからマージャンが強い人の発想は商売には向きません。マージャンが弱い人の発想が商売に向いています。自分は上手だと思っている人は、なんでそんなこともできないのかという上から目線の発想になりがちなので、そんな人に下手な人の気持ちを説明するのは並大抵ではありません。だからマージャンが下手な人、もしくはやったことのない人に、いろんなことをどんどんやってほしいと思っています」

 

好きな言葉は?

「言葉ではないんですが、株式会社船井総合研究所の代表取締役社長、小山政彦氏が『ガラパゴスの動物に学ぶ』というエッセイが支えになっています。獰猛な強い動物が世界を制圧するわけではない。大きな体の動物が世界を制圧するわけではない。環境の変化にいかに適応するかが生命存続の意思であるという趣旨の内容です。だから渋谷で営業するにあたって、居酒屋マージャンにしたのは、若いお客さんのニーズに応えるためでした。それぞれの街に適した営業形態があるのかなと。でも若いお客さんがたくさん来てくれると思っていたらそうでもなかった。六本木時代のお客さんは渋谷にも来てくれた。昼間の健康マージャンのお客さんは、夕方以降もセットでやってくれるようになった。これはまったく予想しないお客さんの動きでした。じゃあさらに新しいことを提案しようと考え、店内を禁煙にしたら、お客さんが10卓以上に増えた。そうしているうちに、スタッフの養成方法も少しづつわかってきました。机の上でああだこうだ考えるより、行動しなくちゃわからないことはいっぱいあるんですよね」

 

田島さんにとってマージャンとは?

「人類が誇れるコミュニケーションツール。何度やっても誰とやってもワクワクする。マージャンは本当にいいものを持っています。2014年10月、私は肺がんであることを宣告されました。ステージⅡだと言われました。左の肺を全摘出と言われたんですが、手術も抗がん剤も拒否しました。でも日々こうして元気に暮らしています。抗がん剤は、がんをやっつけても、人間が本来もっている免疫細胞も殺してしまう。だから抗がん剤治療中に肺炎で亡くなってしまう人が多いんです。現在はステージⅣ。毎朝の散歩を日課とし、既存の免疫細胞を強くする丸山ワクチンを内服して生活しています。パラリンピックの正式種目、医療機関での健康マージャン。やりたいことはまだまだ山のようにあります。本当に魅力のあるゲームなんです。マージャンは」

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「仲間と一緒にワイワイガヤガヤ楽しくなければマージャンじゃない」と語る田島さん

 

 

インタビューを終えて

人は誰もが何かしらの悩みや病気を抱えて生きている。それに対する向き合い方にこそ、その人の本質が現れる。肺がんステージⅣ。気が滅入るような状況の中、やりたいことは山のようにあると熱く語る田島さん。病気に対して、そしてマージャンに対しても真摯に正面から向き合う。自分の使命をまっとうする覚悟を持った言葉のひとつひとつには、力強い意思を感じた。

 

文責:福山純生(雀聖アワー) 写真:河下太郎(麻雀ウオッチ)

◎健康麻将ガラパゴス
http://mahjong-galapagos.com

◎日本健康麻将協会
http://kenko-mahjong.com

 

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