24名のトップ女流雀士の祭典「麻雀ウォッチ プリンセスリーグ2019」。この日は予選第1節最後の対局だった。殿を務めるのは――
日本プロ麻雀協会所属、「プリンセスリリィ」ことディフェンディングチャンピオンの麻生ゆりだった。前年度は決勝4半荘のうち3トップを飾り、圧巻の強さを見せつけての優勝。およそ1年ぶりの王女凱旋は日刊スポーツで特集記事が組まれるなど、他の選手以上の注目を集めた。
「プレッシャー? ……ありましたね。うまく打てる気がしないなぁと不安に思っていました。自分の対局を迎えるにあたって、他のブロックを含めて全ての対局をチェックして勉強していました」
個人としても大会としても、注目度の大きさは前年の日ではない。その小さな双肩には、僕たちには計り知れない程の重圧がのしかかっていたことだろう。
麻生と対するは女流最高位3連覇の実績が光る大平、夕刊フジ杯の団体戦で3度の優勝経験がある杉村、熾烈すぎる出場者争奪戦を勝ち上がった中里の3名。重圧を抱えながら難敵たちを相手取ることとなった。
1回戦東1局、南家の麻生がを軽快にポン! 麻生の強みの一つは、その手数の多さにある。を使った1メンツがあり、3900以上が保障されているこの手であれば、当然前に出る。もう1枚赤牌を持ってきたり、役牌を生かせれば満貫になる可能性もある。
道中でを重ね、をチーして待ちのテンパイとした。
麻生の手牌が短くなったところで、親の大平がドラのカン待ちでリーチをかける。オールラウンダーな大平だが、その攻撃力の高さにも定評がある打ち手だ。
さらにドラをアンコにしている杉村が、カンをチーしてバックのテンパイを取った。
そんな状況で生牌のとを抱えている中里は、アンコからを切って撤退。この短い時間に、それぞれの持ち味が発揮されるようなシーンが展開された。結果は――
麻生がをツモ! 1000-2000のアガリで主導権を握った。
続く東2局は中里がタンヤオ・ツモ・赤・ドラをアガりきり、2000-4000の加点。麻生が親かぶりをし、これにより中里が一歩リードする。
南1局2本場には杉村とのめくり合いを制した大平が、リーチ・裏、3900は4500をアガった。次局は麻生と大平の2人テンパイ。中里と大平が30000点台に乗ったところで、麻生に南場の親番が巡って来た。
メンツこそないものの5ブロックがそろっており、ドラのがトイツだ。
ドラがなければチャンタや123の三色も見たかもしれないが、ここは手役に固執せず打とした。
首尾よく早々にを鳴け、手が進行していく。
一方、ラス目の杉村には赤牌が3枚巡って来た。ダブをトイツ落としし、どこからでも仕掛けていく姿勢を整えていく。本手同士のぶつかり合いを、早くも予感させた。
をポンして1シャンテンに。から切りとする。中里と大平がピンズの下目を早々に手放しているため、よりもの方が比較的に山にいそうに見える。
杉村もまた、をチーして1シャンテンに。激しい空中戦が熱を帯びていく。
先制テンパイは杉村だった。をチーして、カン待ちに受けた。満貫確定のテンパイだったが――
麻生がを加カンすると、新ドラはに。ん? は――
杉村の雀頭だった! あっという間に跳満へと昇格! そして――
麻生も待望のテンパイを果たした。
続けて杉村はを引き入れ、へと待ちが変化。今度こそ、これが最終形か。いよいよ両者の決着間近かというところで――
思わぬ伏兵が登場した。大平がタンヤオ・チートイツのテンパイを果たしたのである。打牌候補のは杉村の現物で、は中筋だ。ただし、どちらもを手出しした直後の麻生には安牌ではない。大平は――
を押した。ドラポンの麻生と、それに対して明らかに押している杉村。どちらも高打点濃厚だが、両者のアガリを潰せたならその価値は非常に大きい。ここが勝負どころと見て、強気の判断をした。だが――
を押している身で、このはさすがに止めようがなかった――。
ここに来て、麻生会心の13200点のアガリ。大平と中里をまくってトップ目に躍り出た。あまりに大きな加点。だが、
だが次局、大平も意地を見せる。役牌のとをポンして、役々・ホンイツ・赤1、2500-4500をツモりアガってみせた。
南3局には親リーチをかけている杉村から、中里が5200をアガりきってみせた。結局オーラスを迎えた時点で、麻生は中里に5000点のリードを許してしまう。
麻生としては出アガリ5200条件の手を作りたい。8巡目には、うれしすぎるカンを引き入れて、タンヤオ・ドラ1の1シャンテンまで持ってきた。
さらにまでツモってきて、ヤミテンで5200点に。そして――
をツモ! 2000-4000を土壇場でアガり、逆転トップを飾ってみせた。
「ソーズが場に高かったのでとのシャンポンにすることも視野に入っていました。でも、うまぶってシャンポンのルートを選ばないで良かったです」
たしかに1回戦オーラスは、マンズが場に安くてソーズが場に高かった。結果は大正解だったが、あらゆる可能性を視野に入れ続ける麻生は、単なるディフェンディング王者としてではなく、挑戦者としての心構えも失わずに対局しているように感じられた。
2回戦も、東1局から激しい攻防が繰り広げられた。まずは大平がドラ1リーチをかけると――
をポンしている麻生が宣言牌のをチー。カン待ちのテンパイを取った。
この局面、を鳴いてドラ2・赤1のテンパイを入れている杉村も、おいそれと退くわけがない。
さらに中里も、待ちのチートイツテンパイを果たしてみせた。全員テンパイという展開は、全員の手牌が見えている者からすれば興奮の一途をたどるものだ。だが、打ち手としてはそんな呑気な感想など抱いていられない。煮詰まっていく局面に敏感に反応した麻生は――
無筋のを持ってきた時点で、あっさりとテンパイを崩す打とした。麻生としては、を仕掛けた時点で危険牌がやってきたら切りでしのぐことを当然想定していただろう。
同じく、守備に定評のある中里もを持ってきた時点でのトイツ落としを敢行。はノーチャンスではあるのだが、生牌だ。万が一のケースを想定し、ノーチャンスの牌ですら容易に打たない姿勢に、中里の高い守備意識が感じられた。
一方、を重ねて切りとした。一度は止めただが、大平に対する安牌が確保できていないこの局面であるならば、テンパイを維持した方がメリットが大きいと判断したのだろう。その甲斐あって――
中里の1人ノーテンという結果に終わった。麻生のメリハリの効いたバランス感覚は、難しい局面での加点という上々の結果を生んだ。
その後、大平が杉村と中里からそれぞれアガリを決め、トップ目のまま南場の親番を迎えた。2着目をキープしている麻生だが、ドラ2・赤2の大物手が巡って来た。ピンズが程良く切られている局面のため、ここはヤミテンに構えてアガリ率アップを意識した。
ここで中里が絶好の引き! 待ちのリーチをかける。麻生もツモ切りリーチで応戦したが――
競り勝ったのは中里だった。1000-2000をツモあがり、麻生の大物手を阻止した。
が、麻生の好機はこれで終わりではなかった。親番を迎えた南2局、配牌で2メンツが完成しており赤が1枚ある。567の三色も現実的な牌姿だ。そして、わずか6巡で――
三色確定のテンパイに。ヤミテンでも満貫が確定しているが――
麻生はリーチを選択した! この手は満貫には留めない。跳満を目指すアグレッシブな選択だ。
「前局の待ちは、黙っていたら拾えそうだと考えてヤミテンにしました。だけど、南2局は誰の現物でもなかった。大平さんとの点差が12000点以上離れていたので、出場所によっては決定打にもならないんですよね。流局してしまったら? アガリ連荘ルールではありますが、2局あればぎりぎり巻き返せる点差でもあったので、リーチに踏み切りました。それにが出ないまま大平さんに追いかけられて、それに負けるというのが一番嫌な展開だと思っていたので」
そんな判断に身を委ねてかけたリーチの待ち牌は、じつに7枚も山に眠っていた。無論――
当然とばかりにをツモ。会心の6000オールで一気にトップ目へと駆け上がった。
さらに南2局1本場には、メンピン・赤2のチャンス手でまたしても先制リーチをかける。今度は、待ち牌のは6枚生きだ。
これを一発でツモりアガり、裏も1枚乗せて6100オール成就。2局連続の跳満で、連勝へと王手をかけた。
オーラスではチャンタが見えるこの配牌。受け駒の字牌は残しつつ、チャンタに不要なを1枚切る。
一方、2着目の大平も3メンツが完成。早期決着が予想される。
意外にも、積極的に仕掛けたのはトップ目の麻生だった。ペンを仕掛け、イッツー・赤1の1シャンテンに構えた。
「点差がありすぎたのもあって、積極的に仕掛けました。一回放銃したとしてもリードがあるので、点棒があるうちに決着つけようという感じですね」
先に述べた通り、麻生の持ち味は手数の多さだ。をポンして、片アガリのテンパイを取った。このは――
すでに1枚切っている杉村が2枚抱えていた。いつ出てもおかしくないようなだが、すでに他家と大きく離されている彼女は、イッツーの可能性も考慮してか、迂闊にをリリースすることはなかった。
そうしている間に、大平がタンヤオ・イーペーコー・赤1のテンパイを果たす。ひとまず単騎待ちとし、ヤミテンを選択した。
終盤に差し掛かったところで、親の中里が待望のリーチをかけた。メンピン・ドラ1の待ち。この展開は――
2副露をしている麻生にとって、最も望まぬものだった。は生牌だが、大抵のケースでは安牌候補として使えるも、親の中里の当たり牌である可能性は十分にある。その結果――
歯を食いしばってを押し切った。
「自分がテンパっているし、安牌もない。それならば単純にを押した方が得という判断ですね」
この局面、2巡しのげる可能性があることを考慮して、切りを選択する打ち手も少なくないと思う。だが、麻生は守って王女になったのではない。攻めて攻めて、ティアラをもぎ取ったのだ。2年目になっても、彼女の挑戦者としての姿勢に揺らぎはない。その気迫が――
最後のを中里がつかむというドラマを生んだ――
イッツー・赤1の2000点アガりきり、自らの力で2勝目を飾ってみせた。現王女、強し!!