吉田葵は、苦悩していた。
1戦目3着、2戦目ラス。ここまで満貫以上のアガリはゼロ。いくらリーチをかけても、ひたすら山に嫌われる。3半荘目の東3局で、一人沈みという状況だ。
最低でも2着以内に食い込み、少しでも負債を返済したい。
そんな気持ちとは裏腹に、まだ我慢をしなければならないのか――。
最高位戦日本プロ麻雀協会所属、「千里眼エゴイスト」吉田葵。シンデレラリーグへの出場は、昨年に引き続き2回目だ。当時、大舞台の経験はなかったが、20名中5位という好成績を残した。
数々の名場面を生み出した昨年のシンデレラリーグだが、その中でも特に鮮烈に覚えているアガリがある。第3節2回戦・東4局1本場、吉田はドラドラのチートイツをテンパイする。
1枚も見えていない単騎か、ドラ表示牌で1枚だけ見えている単騎か。小考した後、吉田が選んだのは――。
単騎だった。ドラドラの絶対にアガりたいチートイツ、反射的に「字牌の方がアガりやすい!」と単騎を選択する打ち手も多いのではないだろうか。だが、吉田の選択は違った。自分からは全て見えていて、2者が変則模様の河をしている。自分は4巡目にを切っており、を手出ししてが手出しの宣言牌だ。他家からカン待ちをケアされる可能性もほぼなく、吉田がチートイツだと読んだとしても盲点となる待ちだ。自らの場況読みと心中する。そんな「千里眼エゴイスト」の姿勢が、この一局だけでも十分すぎるほどに伝わってきた。
選択の成否は、たった1巡でわかった。リーチ・一発・ツモ・チートイツ・ドラ2の3100-6100。一発ツモは結果論だが、山に3枚生きているを選んだのは、紛れもない彼女の実力だ。
紙一重で決勝進出を逃すこととなった吉田だが、この活躍をきっかけにさらなる注目を浴びることになりそうだ。そんな確信があった。だが、それは叶わなかった。
2017年に行われた第17期女流Bリーグ第3節以降を、吉田は休場した。当時、吉田は原因不明の高熱に悩まされる日々が続いたという。病名は伏せるが、プロ活動は休止せざるを得なかった。入院生活と療養期間を合わせて、およそ半年も麻雀から離れる生活が続いた。半年ぶりに地元・富山の麻雀店に出勤した際には、明確に衰えを実感した。プロ生活を続けるべきか、否か。そんな迷いもよぎったと当時の心境を明かしてくれた。
「休止中は大好きな麻雀ができなくて、つらかったですね。プロ活動自体、このまま続けるのかにも迷いがありました。富山から東京に通うのって、やっぱりけっこう大変なので。でも久しぶりに麻雀をした時に『やっぱり辞められないな』と思い、現在に至ります」
麻雀が好きだから。そんな熱意を持って臨む2度目のシンデレラリーグ。吉田にとって去年のリベンジ戦であると同時に、プロとしての復帰戦でもあった。だが前述の通り、1回戦、2回戦の結果は振るわなかった。
「ブランクは感じました。でも、感覚が戻ってきているなという実感もありました」
人読み、空気読み、小考からの推測など、吉田は対人戦における観察にも重きを置いているという。新鋭雀士の中で、そこまで公言する打ち手は珍しい。そして、取り戻しつつある感覚に裏打ちされるように、戦況は少しずつ変わり始めていった。
東2局1本場、5巡目にイッツー・イーペーコー・赤1のテンパイを果たす。ようやく満貫手での先制テンパイ。当然のようにヤミテンに構える。
数巡の後、柚花からが打ち出される。
「「ロン!」」
発声したのは一人ではなかった。
涼宮の頭ハネ。發のみ、1000は1300の横移動で、ようやく訪れたチャンスは泡と消えた。
吉田の口惜しそうな表情が印象深い。そして次局、冒頭のシーンが訪れる。
この時の他家の動向は、下記の通り。
北家:柚花 ポン
東家:涼宮
南家:高橋 チー ポン ポン
柚花が高め大三元のテンパイ、涼宮がタンヤオ・赤2のテンパイ、高橋が小四喜の1シャンテン。吉田の手牌で浮いている、、は、いずれも当たり牌、もしくはテンパイ牌というあまりに悲しすぎる状況だ。いつまで吉田は我慢を続ければいいのだろうか……。そんな僕の思いを気にするそぶりもなく、吉田は淡々と安全牌の処理に努めた。
「手が悪い時に、どう闘おうかということだけを考えていました。ヤケにならんとこうと。麻雀プロである以上、『ツイていない』という言葉だけでは済ませたくないので」
どんな展開が待ち受けていようと、自分が信じた正着打だけを選び続ける。麻雀が打てなかった頃から比べれば、こんな苦難だって耐えられる。彼女の打ち筋からそんな言葉が聞こえてきそうに思えたのは、僕の考えすぎだろうか。
迎えた南1局2本場、ついに吉田の反撃が始まった。