陰と陽。川又静香と涼宮麻由を見ていると、ついついそんな言葉が浮かんでしまう。
「超平和(ぴんふ)主義者」川又は、そのキャッチフレーズ通りに門前ベースの守備寄りの雀風だ。人柄も穏やかで、争いごとを好まない。カスミ草のようにひっそりと咲きながら、気づくとつい目を奪われてしまう。「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ」でもリスキーな選択を極力避け、Cブロック3位でプレーオフ2nd進出を果たした。
「麻雀アブノーマル」涼宮麻由は、今大会をきっかけに大きく脚光を浴びるようになった一人と言えるだろう。番組冒頭からエンディングまで、破天荒な言動の数々は視聴者、そして競演者の笑いを誘ってやまない。なんでもシンデレラリーグが放送されるたびに、ツイッターのフォロワー数が急増していくのだという。なお、破天荒な言動の詳細はここでは控えさせていただく。断固! 控えさせていただく。
そんな両雄が並び立ったプレーオフ2ndは、半荘2回勝負の上位2名抜け。準決勝進出の切符をかけて、プレーオフ1stを勝ち上がった田渕百恵、そして前年度準優勝の実績が光る水谷葵と激突した。
1回戦、序盤の主導権を握ったのは涼宮だった。
東1局はイーペーコー・赤1の2600を田渕からアガり――
続く東2局にはリーチ・ツモ・東で1000-2000を加点した。
趣味・特技の欄に「トークで関係各位に冷や汗をかかせること」と書けるような涼宮だが、ひとたび卓につくと人格が一変したかのようにクレバーな打ち回しを見せる。プロ歴9年目と出場選手の中では最多のキャリアを誇る涼宮だが、タイトル経験はない。そんな肩書きが信じられないほど、彼女は予選からその実力の片りんを見せつけていた。解説の多井隆晴が彼女の実力を番組内で頻繁に評価しているのも、当然と思わせる打ち手だ。
その涼宮の勢いを止めたのが、川又だった。
東3局、をポンしている田渕が、をアンコにする。チャンタやホンイツが見え、ドラのを雀頭にすれば跳満にも成り得るチャンス手だ。
田渕は切りを選択。ドラを切って役々チャンタの5200を否定するが、を重ねてを引けば、ホンイツにこだわらずとも満貫となる。
を引いて、ここでをリリース。は鳴いているものの3巡目にを切っており、その後も愚形ターツを払う素直な進行なだけに、ホンイツとは断定されにくそうだ。
一方、川又にも赤2、そして456が見えるチャンス手が巡って来た。
先にテンパイしたのは田渕。を重ねてペン待ち、役々・ホンイツ・チャンタ・ドラ2、跳満確定だ。ピンズが手出しされたが、先ほども言った通り、この河で染まり切っているとは見えにくい。
その後、川又もテンパイを果たす。待ち取りは2種類。 を切って三色・赤2のカン待ちか、を切ってタンヤオ・赤2のカン待ちか。川又は――
を切り、ヤミテンに構えた。河に注目してほしい。川又の目から、すでにが4枚見えており、も1枚切られている。1翻下がりはするものの、山に眠っている可能性が高そうなにかけた。次巡――
川又はおもむろにツモ切りリーチをかけた。
「すぐにリーチに踏み切れなかったです。今回は予選とぜんぜん気持ちが違いました。予選では、ストレートに自分の打ち方ができていたと思います。でもプレーオフは、どこかふわふわしていた。予選だったら、即リーチが打てていた。テンパイをした後の1巡で、『やっぱり、これは絶対にリーチだ』と思い直してツモ切りリーチをしました」
予選から、プレーオフへ。ステージのステップが上がったことで、今までにないプレッシャーが川又を襲った。それが生んだ、このツモ切りリーチ。川又自身は反省していたが、他家の目にはなかなか嫌に映るものである。好形変化や高打点変化を見ていたのか? ヤミテンでも打点十分なのに、動きを封じるためにリーチをかけたのか? 今通った牌をもう一度切ったら、今度は当たってしまうのではないか? あらゆる思考が駆け巡り、他家にかかる重圧はじつに大きい。最近では麻雀好事家の間で、ツモ切りリーチの戦略的価値について議論されることも、ずいぶん増えたように思う。
だが、そんな怖いツモ切りリーチの重圧に対し、真っ向勝負を当然のように挑むものがいた。
そう、絶賛跳満テンパイ中の田渕である。無筋のを、怯まず勝負! チャンタを消しても、自身の打点は変わらない。だが、より安全なを選ばず、待ち牌のが少しでも出やすくなるように彼女は踏み込んだ。だが――
その勇気が報われる前にをつかんでしまった――
川又、リーチ・タンヤオ・赤2、8000点のアガリ。これで彼女は、涼宮とほぼ並んだ。
極めつけは南3局、まずは涼宮がリーチ・ドラ1、 待ちの先制リーチをかけた。
このリーチを受けて、北家の川又がをポン! を使っているため、を鳴かずとも満貫になる2シャンテンだ。
一方、田渕にもチャンス手が。1シャンテンでドラが2枚。ただし、このは親の涼宮に対し、おいそれとは打てる牌ではなく、実際に彼女の当たり牌だ。
同じくを持ってきた川又。涼宮の現物であるやを切り、迂回するルートを選んだ。
そんな中、水谷がを引いてテンパイ。はドラなので、テンパイを取るなら切りとなりそうだ。だが、これまた涼宮に対して危険そうに見える。水谷は――
現物のを打ち、ほぼ完全撤退となるメンツ崩しを選択した。テンパイを取らずに粘ろうとするのならば、かのどちらかを落としそうだが、水谷はそれさえ選ばない。この手堅い守備力を含めた総合力の高さで、彼女は昨年、準優勝にこぎつけたのである。実際、もしトイツ落としをするならが3枚見えていることを理由に切りとする人が多いように思う。結果、この局面でそれを選択すると放銃に回ってしまうわけだが、水谷はその最悪の事態を避けたということになる。
勝負は終盤へとさしかかり、ようやく川又がテンパイ。だが、待ち牌のはフリテンで、画面では見えないが涼宮が切ったを水谷がチーしている。故に――
川又はテンパイを拒否! すると――
を引き、すぐさまのノベタン待ちで復活を果たしてみせた。もともとソーズのホンイツだったはずが――
そこから当たり牌を使い切っての迂回を果たし、会心の1300-2600を成就させた。
このアガリが決め手となり、川又は初戦トップを飾った。このシンデレラリーグは順位点が10-20にオカ20が加わる。オカ20000点の価値は非常に大きく、2戦勝負の上位2名抜けとなると、トップ者の通過率は極めて高い。初戦ラスの田渕も条件つきではあるが、2戦目トップであれば十分に準決勝進出の目はある。
だからこそ、涼宮は冷静だった。
「初戦のオーラスは、水谷さんと4000点差の3着。でも、無理をしてラスを引くくらいであれば、3着でも次に絶対行けると思ってました。ラスにならんかったらええわくらいの気持ちで、親にアガられるくらいなら3着で終わろうと思っていました。だから、プレッシャーはまったくなかったです」
涼宮は「その時、自分がどう動くべきか?」という大局観に、とくに秀でた選手だと思う。そして「3着でもいいや」と思えるのは、彼女が自身の力を信じて疑わないからなのだろう。