ギャップ萌えは、いいぞ!
こいつは何を言っているんだ? リプライでクロアチア出身の某格闘家の画像を貼りつけられ、あれやこれやとディスそうな気もするが、いいものはいいのだから仕方がない。里中花奈は、そんなギャップフェチのハートをくすぐる打ち手だ。普段は愛称の「ぽにょ」という語感にぴったりの、コロコロとよく笑う女性だ。オノマトペで表現しようとするとなんだか微妙な字面になってしまい、ここにはとても書けないけれど癖になってしまう笑い方だけでも一見の価値あり! と強く推せるくらい、笑っている印象が非常に強い。それがスイッチが入ると一点、当然と言えば当然なのだけれど、里中の笑顔は鳴りを潜める。
口角を緩ませてタイトル戦やリーグ戦に臨む麻雀プロはいない。けれど、里中は特にオンオフの切り替えがうまいように感じている。持論だが、スイッチの切り替えがうまい人は、メンタルが強いと思う。この「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ」のような放送対局であれば、不安や重圧は僕らには計り知れないくらいあるだろう。対局中に、後悔するようなミスをすることもあるかもしれない。だが、そんな感情に振り回されることなく、すっと勝負に没頭することができる。それは、麻雀強者には欠かせない才能だ。
そんなメンタル強者の里中は、予選第1節を終えてAブロックの首位を独走している。4戦3トップの好成績を残し、140.7p。同ブロック2位の涼宮麻由と43.1pの差をつけ、折り返し地点となる第2節を迎えた。この日の3日前には、所属団体であるRMUの女流最高峰タイトル「ティアラクライマックスリーグ」で初のタイトルを手にしたばかり。まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いのままに、Aブロック6位の吉田葵、7位の篠原冴美、8位の高橋樹里と同卓することとなった。
1回戦は、東1局から親の吉田が4000オール、高橋から12300と連続和了。早々に点差が開いてしまう。だが、これくらいで参るようなメンタルは持ち合わせていない。やれることは何でもやる。
東1局2本場、高橋のリーチを受けて――
をでチーして、1メンツもない。明確な海底ずらし。安牌が潤沢なので、手詰まる心配もない。これをやっておくだけで、失点を最小限に抑えることができる。里中は冷静だ。そんな感想を抱いた。
ちなみに里中は、なんとノートップでティアラ戴冠を果たしている。運の要素が強いとも評される麻雀だが、よほどの試合巧者でなければ、そんな結果を残すことができない。RMUでノートップ優勝を決めたのは多井隆晴以来2人目という点から考えても、里中の雀力の高さが伺い知ることができる。
この局を高橋の一人テンパイで終え、迎えた東2局3本場。なんとか乗り切ったと思ったのもつかの間、今度は篠原と高橋のリーチに挟まれてしまう。
篠原はリーチ・赤1のカン待ち。
高橋はリーチ・タンヤオの待ち。
里中はタンヤオ・赤1のカン待ちでテンパイしていたのだが、ここでを持ってくる。ツモ切りか、カンか、を切ってのカン待ちか。そして、それぞれのケースにヤミテンかリーチの選択も迫られる。
里中はカンを選択した。
「ソーズは場況的にかなり自信がありました。は篠原さんには通りそうだけど、親の高橋さんに通るかわからなくて。ツモ切りリーチもちょっと考えたんですけど、これでが一発で当たったら寒いなと思いました。は山にいそうかなと読んで、勝負に行きました」
実際、は高橋が1枚使っているだけで、山に3枚生きていた。は目に見えて2枚切れているので、最も多い待ちで、打点効率が高い選択をしたというわけだ。
結果はカンドラのが暗刻だった篠原が3300-6300のアガリを決めたが、やはり里中は卓に入りこめている。改めて、そんな思いを強くした。
ところが、である。この直後に異変が起きた。
東4局、里中は北家。
配牌からストレートに勧めた結果、7巡目にアガリ牌のを持ってくる。ドラがなので、700-1300。吉田と篠原に大きく抜けられた状況で、これをツモっていいものか……。
里中は切りでフリテンリーチを敢行!
2巡後にを引き当て、1300-2600のアガリ。結果はフリテン選択成功に終わったが、解説の多井が触れ、里中自身も後に反省しているが、正直これはボーンヘッドだと思った。待ちでリーチをかけても、一発か裏ドラが絡まなければ大きな打点上昇は見込めない。それに暗刻が2つあるこの手では、裏ドラも乗りにくい。またフリテン選択をするにしても、切りで一旦単騎に構えた方が、より魅力的な手に化けそうだ。マンズはと、ピンズはのいずれかを引けば、フリテンにもならず、待ちが2種類以上あるテンパイに取り直すことができる。 赤牌やドラを持ってきて打点アップする期待も、これならぐっと増えそうだ。
らしくない。RMUの女流プロの中でも、一、二を争う勉強熱心ぶりが知られている里中が、このくらいの発想に至らないわけがないのだ。
1回戦は3着で終了。そして続く2回戦も、里中らしくないシーンが垣間見えた。
それは東1局に起きた。
篠原がリーチ・ピンフ・ドラ2で先制。
これを受けた里中は、持ってきたを迷わずツモ切って一発放銃。裏ドラが乗らず8000点の失点で済んだのは幸いか。しかし、タンヤオ・赤1で567の三色もほの見えるとはいえ、ドラカンチャン残りの2シャンテンである。安牌がしかないので押し返す選択肢も十分にあり得るのだが、少なくとも普段の里中であればを切っていたと思う。
「はかなり危険だったけど、切ってみようかなって。無邪気に、運だめし的に行ってしまいました」
僕はプロではない。勝負の舞台に立っていない身で偉そうな物言いは気が引けるのだが、普段とは違う里中を見るのは歯がゆかった。さすがの僕も、これはギャップ萌えしない。
「1、2回戦は緊張していました。第1節の時は、正直、私の事を知っている人はほとんどいないと思っていました。だから『今日覚えて帰ってね』みたいな気持ちで気楽に打てていました。でも、ティアラで勝った反響が思ったより大きくて、こんなに応援してくれていた人がいたんだと実感したんです。今にして思うと、それがプレッシャーになっていたのかもしれません」
対局を終えた里中が胸中を明かしてくれたことで、ようやく腑に落ちた。そうなのだ。里中は、この日が王者として、RMUの女流ナンバーワンとして迎えた初陣だったのだ。僕は勝手に、里中を鉄メンタルの持ち主だと決めつけていた。ブレないはずがない。揺るがないはずがない。それが責任を負う立場になるということなのだろう。またしても、僕のギャップ萌えの血が騒いだ。
だが、後悔先に立たず。里中はこの半荘をラスで終えると、ポイントは以下のような状況に。
第1節の貯金を半分以上吐き出し、あと一回ラスを引いてしまうと、ほぼ原点へと戻ってしまう。
この後の分岐点でなるであろう3回戦東2局、親番を迎えた里中の配牌。
ドラのがあるとはいえ1メンツもなく、愚形ターツばかり。お世辞にも好配牌とはいえないが、面子手や役牌の重なりを期待してから切りだしていく。
次巡、が重なる。が鳴ければアガれる可能性は高まりそうだが、ドラが出ていくことになりそうだ。
さらにを引いて打点アップ。
を引いて、ようやく1面子完成。これで、よりを鳴きやすくなった。
だが里中は、高橋の切ったをスルー。またしても入れ込みすぎているのだろうか? いや、違う。これがいつも里中だ。門前志向の手役追求型、「手役のお花奈」の麻雀だ。
を持ってきて打。ドラターツを固定して、との両方を使う。2枚目のも鳴かないよと宣言するかのように、門前進行に決め打った。
さらにを引いて、打。ソーズは1面子想定として、234の三色まで見えてきた。
さらにさらに! を重ねて打。この残しが秀逸だった。今回のようなダイレクトな雀頭振り替わりだけでなく、いずれかがトイツになった場合には、が横に伸びれば新たな面子候補となる。里中の6ブロック打法が、見事にはまった格好だ。
直後、吉田が放った2枚目のをスルー。タンヤオ・三色・赤・ドラの1シャンテンになるのだが、あくまで門前にこだわり続けた。
そして16巡目、里中は念願のテンパイを果たす。カンを自力で埋め、を引いて待ちのテンパイ。でアガればタンヤオ・ピンフ・三色・赤・ドラの跳満だ。巡目が少なく、は1副露して目立っている高橋の現物でもある。
直後、チートイツのテンパイを果たしていた篠原がをツモ切って、里中は18000点を勝ち取った。あの配牌からこのゴールにたどり着ける打ち手が、果たしてどれだけいるのだろうか?
このリードを守り抜いて、この日初となるトップ奪取に成功。最終4回戦も2着でまとめ、ブロック内トップを死守してみせた。
前半のミスを受け入れ、後半2戦でしっかりとリカバリーできたのは、やはり里中がメンタル強者だからだと思う。その感想は戦前と変わらないのだが、僕らはこの日、里中の新たな一面を知ることができた。僕らが見ているのは、24名のシンデレラストーリーだ。ヒロインたちの成長譚を追っていると、彼女たちの知られざるドラマが日々垣間見えてくる。強さも弱さも内包して、懸命に卓に向かう。だから、シンデレラリーグは面白いのだ。
ギャップ萌えにして、ギャップ燃え。その舞踏会は、折り返し地点へと差しかかった――。
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