最終戦へ向けて、なんとか首の皮1枚つながった格好の里中。2戦目で目指すのは、当然+40の順位点が入るトップだ。そして、それは涼宮と夏目にとっても同じこと。誰が、どこで決め手を作るのか? 運命を占う最後の戦いは、1戦目とは真逆の様相を呈していく。なんと東場で1度のアガリも発生しなかったのである。
東1局:涼宮リーチで1人テンパイ 東2局1本場:涼宮リーチで1人テンパイ 東3局2本場:里中リーチで1人テンパイ 東4局3本場:山本リーチで1人テンパイ
これだけ煮詰まった状況だ。一度の放銃が致命傷になってもおかしくない。故に、勝負は混迷を極めた。かくして、溜まりに溜まった供託4本。アガった時点で5200点の加算が確定するという異様な局面で、南1局が始まった。
とにかくスピード優先のこの局で、夏目の手には役牌のがアンコでそろっていた。
をポンして引き。役々ドラ1の先制テンパイを果たす。
これに飛び込んだのが、里中だった――。
5200は6400+供託4本。合わせて10400点の加点でトップ目に立つ。一方、里中はラス目になってしまう。だが、幸いアガったのはもともとラス目だった夏目だ。トップとの差が大きく離れているわけではない現状ならば、まだまだ可能性は残されている。
南2局の里中の配牌。相変わらず、ドラのも赤もないが、メンタンピンを目指せそうだ。最高形は345の三色か。字牌からシンプルに処理していく。
を引き、打でテンパイを崩す。から不用意にとせず、字牌から処理していったことがここで生きている。の四連形と、やを引いての345を見据えた1シャンテンとした。
今度はを引き、またしてもテンパイ。里中は――
を選んだ。三色とイーペーコーの目を残し、タンヤオ効率を優先。なんとしてでもこの手を高打点に仕上げるという、強い意志が感じられる。
続けてを引き、ここでようやくリーチとする。愚形ではあるものの、ツモれば満貫ならば打点上昇率を加味してリーチだ。
このリーチを受け、涼宮は山本が切ったを鳴かず、受け気味に。
夏目もまっすぐに進行はせず、山本のに合わせ打って迂回する道を選んだ。
山本はドラ2・赤1の1シャンテンからだけ勝負をしていたが、2枚目の無筋を持ってきてのトイツ落としを敢行。里中のリーチが、他家の自由を奪っていく。そして、里中のアガリ牌であるは、山本がトイツで持っている牌だった。
終局間近、を捨てる里中の手に、普段より少しだけ力が込められているように感じた。
「三色はメッチャ見ていたんですけど、を引いてツモれば満貫になったからリーチをしました。そうしたら、すぐにを持ってきて、なんでこんなイジワルなんだろうと思って……。しかもをツモれていたし。『今日はもう勝てないや』って、この時少し思っちゃいました」
最後のs4も夏目のもとへ流れ――
結果は里中と山本の2人テンパイとなった。
あのを捉えられる未来は、あったのだろうか? をツモ切って、もう一度組み直す選択はできたのだろうか? 折れそうな心を必死で繋ぎ止め、自問自答を繰り返す。里中は、そうして強くなってきたのだ。
南3局1本場は、夏目から涼宮へ3900は4200の移動。この半荘のトップ者が29700点持ちの涼宮という、僅差のまま迎えたオーラスとなった。ラス親は里中。望みは、まだ、ある。
現状の当確ラインは山本と涼宮。里中としては、連荘をしてトップ目に立つことが目標となる。から切り出し、タンヤオ狙いがベースとなりそうだ。
初戦をラスで終えた夏目にも、涼宮から5200点の直撃という現実的な条件が残っている。里中からの三倍満、山本からの役満という条件は簡単ではないが、役牌が2種類トイツのこの手なら、倍満ツモの条件も満たせるかもしれない。
を重ね、をアンコにし、リャンメンターツを払っていく。条件クリアのためには、ピンズのホンイツかトイトイを見据えたいところだ。かを引けばヤミテンでも涼宮から高め直撃というチャンスが生まれる。だが、その薄い可能性に賭けるよりも、倍満ツモを意識した手組にする。
このに里中が飛びついた! カンのチーをして切り。愚形ターツが残った遠くて安い仕掛け。普段の里中ならばきっと選ばないであろう仕掛けも、この局面ならば話は別だ。上家の夏目がヤオチュー牌をバラ切りしており、ネック牌であろうと早々に処理できる公算がある。アガれば勝ちという選手が2人もいる局面では、さすがの里中でもスピードに比重を置かざるを得なかった。
夏目の手が進む。ピンズがさらに伸び、をトイツ落とししていく。
このをリャンメンチー! を切って、ようやく1シャンテンとする。
ここで、夏目が待望のテンパイを果たす。メンホン・北・高めイーペーコーのヤミテンに構え、涼宮からの直撃を狙う。
同巡、里中もテンパイ。を重ねて切りのカン待ち。この一打について、里中は次のように振り返っている。
「普段だったら、を残してピンズを払っていたと思います。アガリ連荘なんだから、ピンズは払わなければいけなかった」
この追い込まれた局面であれば、テンパイを取ってもなんらおかしくないように感じる人もいるだろう。だが里中が述懐するように、このシンデレラリーグはアガリ連荘なのである。ただテンパイをしているだけでは、次のチャンスはやって来ない。染め手の夏目だけでなく、山本と涼宮の河も含めて異様にピンズが高いこの場で、カンのアガリが成就する可能性はそう高くないだろう。の所在は―
夏目のもとに2枚。夏目はを引き入れ、逡巡した結果を切ってリーチとした。リーチ・ツモ・メンホン・チートイツで7ハン。あとは一発・裏・ハイテイいずれかでの+1ハンによる倍満ツモにかけた形だ。
山本の手牌には夏目が欲しいが2枚、里中が欲しいが1枚。そして――
涼宮が残り1枚のを抱えており、最後のも彼女のもとへ流れてきた――。
こうして里中と夏目のシンデレラリーグは終わりを迎えた。
最後の最後に条件を作った夏目。あと1つのステップを駆け上がるには一歩及ばなかったが、地力の強さは間違いなくファンに伝わったはずだ。プロ活動をほとんど対局のみに絞っているストイックな彼女は、次なる舞踏会でも強い存在感を放つことだろう。そして、もう一人の敗者は――。
あふれ出る悔しさを抑えきれず、涙を止めることができなかった。
「いろいろと振り返ると『勝てたな』って思うところがブワーって走馬灯のように思い出せて、それが余計に悔しかったんです」
考えて考えて、考え続けてここまで来た里中だから、自分に勝ちの目があったことも振り返ることができた。悲壮、沈痛、悔恨――。せき止められない数々の感情を抱きながら、それでも彼女は番組の最後にこう語った。
「この舞台に立たせていただいて、すごい経験も積めたと思っていて。いまRMUは女流に力を入れてくれていて、強い女流が増えてきているので、女性の方もRMUに興味を持っていただけたらうれしいと思っています」
もっと嘆きたかったはずだ。叫びたかったかもしれない。敗れてなお、里中は勝者を慮って、自団体を称えたのだった。紛れもなく、彼女は麻雀プロだった。
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対局翌日、観戦記の取材を兼ねて里中に話を聞いた。
「これヤミテンに構えたんだけれど、リーチしていたら結果的にツモっていました! しかもテンパイを外す選択肢もあっただけに……。悔しい!」
たった一晩で悔しさが晴れているわけもないのに、いきなりスクショを自前で用意して、対局の振り返りを行ってくれた。今度こそ花開くために、思考を止めない里中花奈。つくづく、彼女は根っからの麻雀プロなのであった。