第1節終了時、彼女は笑顔を見せていた。それは、あまりに印象的な光景だった。RMU所属、「ふわふわ狼姫」白田みお。第1節で大敗を喫し、すでに後がない状況だ。ここでもう一度負けたら、確実にゲームオーバーだ。そんな逆境にあっても白い歯を見せていたのは、彼女の矜持の成せる業なのだと思う。麻雀ウォッチ プリンセスリーグのシステムは、ブロック4位、もしくは5位にまで予選突破の可能性が残る。だが、それすら楽な条件とは言えない。そして、そんなことは誰より白田が深く理解しているはずだ。第2節当日の朝、対局まで2時間以上前から、彼女は普段のようにふわふわした笑顔を見せることなく、集中力を高めることに努めていた。深く、深く、卓に入り込むために――。1回戦、白田は起家スタートとなった。序盤からリードを保ちたいところではあるが、先手を取ったのは大平だった。・ドラ2のヤミテンを入れる。麻生がを暗カンしたことで、新ドラのがモロ乗りしている。そう――暗カンしている麻生も、もちろん勝負手だ。赤2・ドラの待ちでリーチをかけた。その直後に大平がツモ! 白田は、いきなり満貫の親かぶりをしてしまう。東2局、大平が追撃を狙う。絶好のカンを引き入れてリーチをかけた。満貫確定の本手だ。これに――白田も本手をぶつける! リーチ・ピンフ・赤2・ドラ、そして――を一発ツモ! 裏ドラも1枚乗せて、望外の4000-8000を成就させた。この倍満で得たリードを生かして迎えたオーラス、2着目の大平とは5600点差。親の三添も連荘を狙ってくるだろうし、できるかぎりアガリに向かいたい局面だ。そんな中、うれしすぎるピンフのみの役ありテンパイを入れることに成功する。当然、ここはヤミテンを選択。が、大平も追いすがる! リーチ・赤・ドラ、高めイッツーの手で勝負をかける。大平のリーチを受けた一発目、白田のもとへやってきたのは――白田の手で隠れてしまっているが、ドラのだった。大平の河には、1枚もソーズが切られていない。が、構わず勝負! アガればトップのこの局面、降りてツモられでもしたら目も当てられない。どのみち後がない状況からのスタートなのだ。腹を括って前へ出た。これに飛び込んだのが麻生だった。大平の現物のを切ったが――白田が会心の1000点をアガり、念願のトップを飾ることに成功した。初戦から快調な滑り出しを見せた白田。まだまだ道は険しいが、ここでのトップの価値はあまりに大きい。一方――あと一歩のところでトップを逃した最高位戦日本プロ麻雀協会所属、「不屈のリアリズム」大平亜季。+40ポイントというトップに大きな価値があるプリンセスリーグだが、初戦の結果に悲観的な様子はなかった。
「白田さんがトップで自分が2着なら、まだいいのかなという心境でした。オープニングのあいさつで相対的なポイントは意識していないと言ったけれど、ブロック首位の三添さんと2位の麻生さんよりは上にいたかったという気持ちが大きかったです。自分もポイントを増やさないといけない立場だから、白田さんにいくらでも勝たれてもいいとまでは思わないけど、今回は2人よりは上にいって準決勝を争える位置にいたいと思っていたので」
個人的に、大平ほど捉えどころのない打ち手もなかなかいないと思っている。ある日観た大平の対局と、その次に観た大平が別人のような打ち回しを見せることも、決して珍しくない。場況や人に合わせて臨機応変にスタイルを変えるオールラウンダーで、時にはマイノリティ寄りなのではないかと思わせる打牌選択も見せる。が、それは少数派の選択肢の中に潜む気付きにくいメリットを、彼女が明確に察知しているからできることなのだ。疑問に思った一打を質問すれば、言葉を選び、慎重に答えてくれる。そんな大平の一打一打は、僕たちにとって非常に魅力的に映るのだ。
なお、大平は会話のセンスに関しても非常に独特かつ魅力的だ。僕が知る限り、プリンセスリーグを「プリーグ」と略す唯一の人物である。2回戦は、初戦ラスに甘んじた現プリンセス・麻生の4000オールで開幕した。追う立場となった大平は、東1局1本場にリーチ・ピンフ・ドラを麻生から直撃。点差を縮めて迎えた東2局、白田の親番。大平は1巡目で1シャンテンだ。 ※こちらのスクショのみ、天井カメラのテロップが誤っております。
わずか3巡でカンを引き入れてテンパイを果たす。ここはを切ってヤミテンとした。ドラ1があるが、との周りは切れておらず、場況的にも優秀なシャンポン待ちとは言えない。即リーとはせず、くっつきとしてどちらも優秀なため、好形変化を待った。もちろん24を引いてリャンメンになる確率と15を引いてカンチャンになる確率は五分なのだが――この引きも十分に優秀と見てリーチ! 4巡目のカン待ちなら、十分にアガリが期待できそうだ。すると――一発のオマケつきでツモることに成功! 絶妙な判断で2000-4000をものにしてみせた。好調の大平に、現在ブロック首位の三添が待ったをかける。東3局、早々にドラポンに成功すると――も鳴け――最終的に待ちのテンパイとなった。ここに大平が飛び込んでしまう。大平としても手格好十分の1シャンテン。ワンチャンスのくらいはと前に出たのだが――痛恨の8000点放銃となってしまった。南1局1本場には、メンタンピンツモ裏、2100-4100の二の矢が炸裂した。これで三添がトップ目に立った。南2局は、この2回戦で静観を強いられざるを得なかった白田の親番だ。5巡目、この牌姿から1シャンテンから戻す切りとした。このアガリ連荘ルールでしっかりとフィニッシュまでたどり着くために、好形を求めて懐深く構えた。
8巡目、を重ねてシャンポンに取ることもできたが、ここでも柔軟な一打を見せた。とのくっつき待ちとし、イッツーや引きからのフリテン3メンチャンのリーチも視野に入れている。全色の赤牌を使いきれる形になっていることも心憎い。
白田は非常に門前志向の強い打ち手だ。好形リーチという主軸の戦法を目指して放たれる打牌は、じつに柔軟だと思う。
プランの一つだった引きで好形リーチをかけることに成功!打点こそ伴わなかったものの、白田のスタイルを象徴するかのような華麗な1300オールだった。比較的僅差のまま迎えた南3局、絶好の引きで1シャンテンに。456の三色を見てカンのターツを払っていくのがマジョリティだとは思うが――大平が選んだのはだった。
「カンよりカンの方が、ちょっと良い待ちというのがありました。チーテンすら取りたいと思っていて、カンの方がチーテンを取りやすいだろうという狙いでした」
引きでテンパイを果たすと――見事にをツモって4000オール! 道中でもやってきたが、それはあくまで結果論。少数派のメリットを汲み取る大平の麻雀は、やはり面白い。続く南3局1本場も、大平の選択が冴え渡る。この1シャンテンから――切りとした。678の三色の可能性を追い、マンズのドラへの伸びを視野に入れた一打だ。
を引くと、を切って1シャンテンに復帰。はまだ手元に残し、678の三色を見据えた野心は欠かさない。を引いてリーチをかけると――ドラのをツモ! さらに裏ドラも2枚乗り、決め手となる6100オールを成就させた。2回戦の大トップで、大平はブロック内2位にまで浮上。一方、白田は痛恨のラスで初戦トップのポイントをほぼ消化してしまった。明暗分かつ3回戦、東1局の大平には何やら楽しみなトイツが押し寄せていた。が、わずか2巡で3枚目のが切られ、ひとまず小四喜の芽は潰える。同巡、麻生が切り。このは大平にトイツだが――ここはスルー。するとが重なり、チートイツの1シャンテンに。そして――
ホンイツ・トイトイの5ブロックが満たされたということでもある。三添が切った2枚目のを――ポンとした。
「鳴けそうな牌が多かったのと、ダブを使ったホンイツ・トイトイの18000があるので仕掛けました。今たまたまテンパったら、チートイツのみになってしまうという点も大きかったですね」この仕掛けを受け、三添も仕掛けていく。門前で仕上がれば高打点が期待できそうな手組だが、リャンメンチーから――
切り。大平に対して切りにくい字牌を極力生かしてホンイツに向かうコースを選択した。続いて大平が切ったは鳴かず――をアンコにした後に出たは――カンチャンでチー。ここで放たれたを――大平がポンして先制テンパイを入れた。18000確定の大物手を――三添から直撃! 会心のアガリで大きなリードを早々に得た。続く東1局1本場も、5巡目で1シャンテンに。ぜひとも追撃を成功させたいところだが――ここで三添からリーチが入る。ピンフ・赤1の待ち。時間はかかったが――ツモって裏を1枚乗せることに成功! 2100-4100のアガリを成就させ、まだまだどんな展開を迎えるのかわからなくなった。さらに東2局、今度は麻生がリーチ・一発・赤・ドラを白田からアガる。前半2戦で苦しい展開が続いていた現プリンセスが、ここでトップ戦線に躍り出てきた。南1局1本場にも、麻生のリーチが実を結ぶ。リーチ・ピンフ・ツモ・赤の1400-2700で、大平をまくってトップ目になった。そうして迎えた南4局1本場は、あまりに熾烈なトップ・3着争いとなった。麻生と大平は300点差、白田と三添は700点差。ノーテン罰符やリーチ棒一つが勝敗を分かつ。そんな極限状況で、親の麻生が5巡目にして1シャンテンだ。麻生がアガった場合はもう1局行うことが確定だが、この手が満貫になろうものなら、それはほぼ決定打となりそうだ。が、先制テンパイを入れたのは白田だった。赤・ドラ含みのカン待ち。あまり良い待ちとは言えないが、誰も退かないこの局面において、テンパイしているという価値はあまりに高い。役もなく手変わりも見込みにくいこともあり、ここはリーチをチョイス。そしてやはり麻生も――三添も無スジを押して前進する足を止めなかった。次巡、白田のに麻生が反応する。リャンメンで鳴くか、カンチャンで鳴くか――。麻生はカンチャンでのチーとした。のくっつきと、でチーテンが取れる。が2枚見えていることもあり、タンヤオになる可能性は十分にありそうだ。さらに三添がカンをチー。バックの1シャンテンだ。この局面、やはり役牌が絞られる可能性は低く、これも非常に実戦的な仕掛けだと思う。
さて、ここで一点だけ訂正のアナウンスをしなければなるまい。先ほど「誰も退かない局面」と記述させていただいたけれど、ただ一人――大平はそれに必ずしも該当しない立場だ。大平は、麻生と300点差。リーチをかけた白田がツモれば、その時点で麻生が親かぶりをして、自身のトップが確定する。白田の他に三添が前に出ているし、麻生が放銃する可能性も十分にあるだろう。現状、トータルポイントでは三添をまくってブロック首位である。白田のリーチは立場的にもそれなりに打点がありそうだし、ここから無理に前に出て素点を失うのも微妙という判断だろう。大平は徹底して危険な牌を切らず、白田の河に置かれたもスルーした。結果――三添がバックのテンパイを果たし――その直後に白田がをつかんだ。1000は1300のアガリで三添が3着、白田がラスとなった。3回戦のトップ奪取こそならなかったものの、大平はさらにポイントを伸ばしてみせた。とはいえ三添、麻生、愛内の3名とはさほど差も離れておらず、まだまだ予断を許さない状況だ。最終4回戦の東3局、ここでも大平が面白い一打を放った。ピンズに寄せにいった中で、ドラ側のから叩き切っていく。次巡はを入れ替え――を引いた。ここで初めて字牌を処理。これならばホンイツというよりもチンイツに仕上がりそうだし、タンヤオのメンツ手というルートも残る。いずれにせよ、十分な打点が確保されそうだ。2段目に差し掛かったところで、麻生が789三色の1シャンテンになる仕掛けを入れた。放たれたを――大平がペンチャンでチー。ソーズを払ってチンイツを目指す。これを見た麻生は、が切りきれない。ひとまず切りで1シャンテンをキープする。直後、親の三添がとのシャンポンリーチをかけた。麻生が抱えるは当たり牌となってしまった。引き気味の麻生が、渋々といった表情で放った。浮いているはドラだが――散歩でもしているかのような調子で、これを切り飛ばした。この激押しの甲斐あって――最高の引きに至った! 待ちの跳満確定の4メンチャンだ。これを――ツモりアガって3000-6000の加点を成し遂げた。
さて、ここで視点を白田に戻したい。初戦トップの後に2ラスを引いてしまい、この時点で第2節よりもポイントを失っている状況だ。せめて、ここからポイントを回復させることができれば、最終節にわずかな望みを繋ぐことができる。次の東4局は、大事な親番だ。そこには――バラ色の景色が待っていた。チーから入り、チャンタとホンイツの両天秤となる切りをチョイス。そして見事にカンを引き入れ、とのシャンポン待ちに。決まれば会心の一手となることは確実。だが――ここで三添がタンヤオ・赤2のリーチを入れる。は4枚見えだが、も自身の目から4枚見えている。これまで、ことごとく失点する側に回り続けてきた白田。ここでも、この三添の手に本手を阻まれてしまうのか?無論、白田はこの手、この状況で止まるわけがない。――と、無スジを叩き切っていく。さらに、麻生にもテンパイが入った。を切ればピンフの待ち。は白田、は三添が切っている。決して悪い待ちではないのだが――この手で渦中に飛び込むことを良しとはせず、現物の切りとした。その直後――白田が待ち望んだツモ! 白田は一アガリでトップ目に立った。次局、今度は大平に驚愕の手が入った。赤とドラが2枚ずつ。さらにメンツも足りている。もう一つ大きなアガリを実らせたい白田には、ピンズに寄った配牌が。も重なり、仕掛け次第で大平に追いつけるかもしれない。などと思っていたら、大平はわずか2巡で1シャンテンに。そして白田が切望していたは、麻生と持ち持ちになってしまった。6巡目、やはり先手を取ったのは大平だった。ピンフ・ドラ2・赤2の待ち。ヤミテンで確実にアガリを拾いにいく。恐ろしすぎるヤミテンに飛び込んだのは、麻生だった。危険なを先に切ろうと試みたが、時すでに遅し――。8000は8300のアガリで、再び大平がトップ目に浮上した。この大平との差はわずかにしか縮まらず、気付けばオーラス3本場となっていた。大平と7000点差の親番で、ドラは。白田の手には赤が1枚あり、ドラの受け入れもある。最低2局続けなければならないが、逆転の可能性が十分にある手が巡って来た。8巡目、白田のネックだったカンが埋まった! 盤石の1シャンテンだ。だが――先制リーチをかけたのは大平だった。ドラをアンコにし、とのシャンポン待ちで勝負をかけた。さて、と状況を再確認するかのように、白田は一発目にを持ってきたところで手を止めた。思考を巡らせ選んだのは――だった。456の三色の可能性を残し、自身からが4枚見えていることもあり、非常に優秀なマンズの受けも残る。ギリギリのところでリスクとリターンのせめぎ合いを見極めつつ、反撃の機を伺う。が、ここで三添からもリーチがかかった。リーチ棒を出すことで瞬間、単独ラス目に落ちてしまうが、跳満ツモで2着へと浮上する。リスクを承知で、彼女も勝負に出ていた。先ほどより、さらに煮詰まった局面で、またしても白田に選択が迫られた。を引き、どのくっつきを残すかという選択だが――打とした。大平には中スジで、三添にはのワンチャンス。が3枚、が2枚見えていることもあり、カンチャンやシャンポンにも当たりにくい。これを受け、麻生は迂回に徹する。麻生は単独3位となり、大平のツモで着順が保障される。白田がアガってももう一局あるため、無理に前へ出る必要はなくなった。だが、共通の安牌があまりに少ない。歯を食いしばり、三者に安全そうなを切る。残り巡目も少ない。そんな中、白田が待望のテンパイを果たした。は全て見えており、の片アガリシャンポンになってしまう。不服な待ちではあるが、もう悠長な選択をしている時間もなさそうだ。赤が2枚あって打点も十分。残り2枚にかけて、イチかバチかのリーチをかけたとしても、やむなしといった分岐点だと思う。
だが、忘れないでほしい。白田の持ち味は、柔軟な一打であることを。導火線に火がつき、爆発まで残りわずか。そんな修羅場においても、彼女は自身の責務を全うするかのように、を切り飛ばしたのである。結果は、大平の満貫ツモで決着。白田がを切ろうが切るまいが、この結末は変わらなかった。それでも、もしかしたら白田が最後にリーチ棒を置かなかったことで、最終節の結末が変わるということがあってもおかしくはない。そう感じさせるだけの矜持を白田が貫いたと、思わずにはいられなかった。
「第3節は前半卓で対局します。理想は最終日に打つ人が『大平のことはほっとけ』ってなるくらい勝ちたいですけど、そうもいかないので。競っている相手より上を維持できるようにしつつ、きばりすぎたり日和すぎたりしないように戦いたいと思います」(大平)
「Cブロックでは1人大きく負けている状況、そして節数も残り1回と、正直厳しいです。まずは最終節1回戦、トップを取ることを目指します!」(白田)
この日、大平と白田の明暗はくっきりと分かれた。けれど、どちらの選手も自身の思考・経験・スタイルを重んじ、プリンセスの名に恥じない戦いを見せたことに変わりはないと思う。
予選も、いよいよ最終第3節を残すのみ。王女候補の選定は、いよいよ佳境へと突入する。