「ガラスの靴は、左右そろえなきゃ履けないでしょ!」
そんな口上と共にこの日最後の対局者として紹介されたのは、日本プロ麻雀協会所属、「雀怒ダルク」(ジャンヌダルク)中山百合子。
昨年、初開催された「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ」で圧倒的な攻め麻雀を最後まで貫き、一躍その名を轟かせた。優勝トロフィー代わりにガラスの靴を受け取った彼女は、連覇を飾って一足そろえることを目指す。そんな意味のこもった、じつに洒落た口上だ。
ちなみに考えたのは僕だ。塚田美紀プロの「黒いデジタルの寵愛を受ける戦乙女」と攻めた口上を思いついたのも僕だ。いや、調子に乗ってすいません……。
第1節Bブロック1卓。シンデレラリーグ初出場の塚田は昨年の分まで暴れたいところだし、夏目智依、樋口栄佳には前年のリベンジ戦という、それぞれのテーマがある。そんな中でも、やはり注目が集まったのはディフェンディング王者の中山だった。初代シンデレラが初陣で、どんな戦いを見せるのか? 昨年のシンデレラリーグでは自らを「サメ」に例えるほど獰猛な攻めっぷりを発揮していたが、今年はそれ以上の押しが見られるかもしれない。そんな期待を抱きながら対局を見守ったのは、僕だけではないと思う。
1回戦東4局1本場、いきなり見せ場が訪れた。
先制攻撃は中山。リーチ・ピンフ・赤1、待ちのリーチをかける。
親の樋口はテンパイだったが、これを受けて現物の切りを選択。
さらに同巡、夏目がリーチ・チートイツ・ドラ2、待ちで追いかけリーチ!
さらにさらに、西・三色・ドラ2のヤミテンを張っていた塚田もツモ切りリーチで参戦! 1回戦から白熱の展開に。
軍配は中山に上がった。塚田からで打ち取り、裏も乗せて満貫、8000は8300+供託4本を手に入れた。このリードを死守して中山がトップに。一方、塚田はラススタートとなった。
「王者・中山が連覇へ向けて、快調な滑り出しを見せた」
この時点で、僕は今回の観戦記をこのようなテーマで進めようとプランを立てていた。書き出しからオチまで、ある程度の構想を練っていたのだけれど、そんな前準備は無意味に過ぎない。そう思い知らせてくれたのは、初戦で手痛いラスを喫した塚田だった。
2回戦の南3局、全員にトップが見える点棒状況で、塚田にチャンス手が入る。
役はないが、ドラ3のテンパイだ。は場に1枚切れ。がドラでさえなければ、ツモ切ってイッツーとイーペーコーも見える好形変化が期待できそうだが……。
塚田の選択は、リーチ! ドラを生かしきったイッツーなど、さらなる高打点を見るのであればトイツ落としという選択もあるかもしれない。だが、この後にやを引いたところで、アガリを期待するのは難しそうだ。引きでのリャンメン変化を待つ間、他家が手を進めてアガリを逃すのもいただけない。ならばに狙いを定めよう。なにより、うっかりをツモろうものならば跳満からだ。そんな思考だろう。
このをつかんだのは中山。この8000放銃が響き、中山はラス。1回戦とは間逆の並びで、非常に平たいポイント状況となった。
続く3回戦も、この勢いそのままに塚田のターンが続いた。東2局、親番で4000オールを連発。序盤で大量リードを獲得した。
おや? 遅まきながら、3回戦にして気付くことがあった。
東2局1本場、中山のこの仕掛けである。2枚目のカンをチー。バック赤2ならば、1枚目からチーという人もいるかもしれないし、門前に強いこだわりを持つ人であれば、2枚目も鳴かないかもしれない。1年前の中山は、強い門前志向の持ち主であった。きっと当時の中山であれば、このを鳴かなかったと思う。
見通りにをポンできた頃には、を引き入れ盤石の3メンチャンとなっていた。
結果的にテンパイ打牌のを塚田に鳴かれ、高め満貫のテンパイが入り、4000は4100オールをアガられはした。だがそこに至るまでの中山の大きな変化に、僕は興味をそそられずにはいられなかった。
さらに4回戦東4局では、こんな局面も。
ここからをチー。234の三色と、バックを見据えた仕掛けだ。これも昨年までの中山にはなかった選択肢だと思う。門前で最高打点を目指し、仕掛けた場合は満貫ベースどころか跳満ベースなのではないか? というくらいの高打点志向の持ち主が、たった1年でこうも変われるものなのか……。
驚嘆すべきは、単にスタイルチェンジを図ったことではない。プロ入りから結果を残し続けているのに、それでもなお進化する道を選択した覚悟だ。
中山は昨年までの攻め麻雀で、プロ歴4年としては十分すぎるほどの結果を残してきた。シンデレラリーグ制覇に加え、オータムチャンピオンシップの第11回と第13回で決勝進出も果たしている。赤ありアガリ連荘のシンデレラリーグと、日本プロ麻雀協会主催の一発・裏ドラ・カンドラのないオータム。対局に位置するルールの大会それぞれで好成績を収めているのだ。
中山は、現状に満足しなかったのだ。シンデレラも12時を回れば魔法が解け、一人の淑女に戻る。中山もまた王者としてではなく、挑戦者として戦う姿勢を僕たちに見せてくれたのだ。
この日、終わってみれば初戦ラススタートだった塚田が3連勝を飾り、+136.2ポイントと大きく抜け出す格好となった。それでも中山が2着目に食い込めたのは、スタイルチェンジの賜物だったのかもしれない。
「1年前は攻撃9:防御1くらいのバランスでした。だから型にハマればめちゃくちゃ勝つけれど、大負けする時も多かった。今は攻撃6:防御4くらいかな。それでも、他の選手よりは攻めっけが強い方だと思うんですけど。まだ進化の途中だから、フルスイングはできないんですけどね(笑)。でも、整ってきている実感はあります」
そう語る中山の表情から、悲壮な感情は一切見受けられない。
「この1年、毎日ずっと勉強をしています。私が働いている麻雀店はシンデレラリーグと同じルールだし、(同じ赤ありルールの)Mリーグも毎回チェックしています。だから、このルールでは負けたくないんです」
童話「シンデレラ」のラスト、王子に見染められるシンデレラは魔法にかかっていない、ありのままの姿だった。王者としての肩書きにとらわれていない中山は、間違いなく昨年より強い。だから僕は、やはり最後にこの一文を添えずにはいられない。
王者・中山が連覇へ向けて、快調な滑り出しを見せた――。
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