編集者、作家、漫画原作者。“表現者”として多彩な顔を持つ草下シンヤさんが原作を書き下ろしたラブコメ麻雀漫画『一色さんはうまぶりたいっ!』(作画:マルヤマ/監修:白鳥翔)の第1巻がKADOKAWAより発売された。
作家として『実録ドラッグ・リポート』『裏のハローワーク』『半グレ』等を上梓。編集者としては麻雀戦術書をはじめ『ついていったらこうなった』『東日本大震災 東京電力「黒い賠償」の真実』『売春島』等を出版。世に問いかける話題作を次々と発信し続けるその原動力と思いは?
草下シンヤ(くさか・しんや)プロフィール
1978年、静岡県沼津市生まれ。彩図社(さいずしゃ)書籍編集長、作家、漫画原作者。趣味は取材。YouTubeチャンネル『丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー』等、YouTubeプロデューサーとしても活躍している
麻雀漫画『一色さんはうまぶりたいっ!』連載のきっかけとは?
「麻雀って上手く打っても必ずしも良い結果が出るとはかぎらないし、失敗したことで逆に良い結果が出るかもしれないという技術と運の独特のゲーム性があると思います。そこで上手いふりをする“うまぶり”という一見良いことではないと思われることを、麻雀でおもしろおかしく見せられるんじゃないかと考えたのがスタートでした」
「初めて書いた漫画原作は2006年、近代麻雀で連載した『鳥と獣』という作品で、この時に一緒に組んだ漫画家もマルヤマさんでした。お互い初めての連載だったんですがうまくハマらず、すぐに終了してしまいました。約15年ぶりにマルヤマさんと再会したら、現代に合った可愛いタッチに進化していたので、また一緒におもしろい麻雀漫画を作ってリベンジしましょうという話になり『一色さんはうまぶりたいっ!』の作画をお願いしました」
「ストーリー上、論理的な牌譜が非常に重要なので、弊社から『トッププロが教える 最強の麻雀押し引き理論』を出版してもらった友人の白鳥翔プロに監修をお願いさせてもらったという経緯です」
麻雀との出会いはいつ頃だったんですか?
「中学2年の頃、友達とトランプや花札で遊んでいたある日、悪友の家で麻雀牌と出会い、手積みで打ち始めるようになりました」
「当時からロジックを考えながら打つことが好きで、友達同士の間ではすぐに負けないようになり、近代麻雀に掲載されていた牌譜を実際に並べて検証したりしていました。高校に入ってからも友達の家に集まって毎日打っていたんですが、強い奴がいるぞという感じでいろんな人に紹介されるようになり、悪い大人のたまり場みたいになっていた潰れた雀荘にも出入りするようになりました。見るからに童顔の小僧がいろんな強面の大人と一緒に打っていたんですが、高校生ということだけで、お前すごいぞということになり、毎日のように打っていましたね」
出版の道へ進んだきっかけは?
「高校を卒業してからは地元の夜の世界の人たちとフラフラしながらずっと麻雀していました。そのまま行くと裏社会の道に進みそうな感じがありました。ただ人を騙したり傷つけたりするのは嫌いだったんで、そういう道には行きたくないなと思ってました」
「高校時代からは裏社会の人間と遊びながらドストエフスキーを読むようなひねた子供でしたが、小説も書いていて、彩図社が出版していた作家志望者のための投稿専門誌『ぶんりき』に寄稿していたんです。物書きに憧れがあったんで、19歳の時に東京に出て、彩図社でアルバイトから始め、出版の仕事に入っていきました」
初めて企画担当された書籍は?
「2002年、ちびまる子ちゃんに登場するキャラクターで実在する“はまじ”こと浜崎憲孝さんの『僕、はまじ』という本で7万部ほど売れました。入社当時は大手出版社じゃないと本は売れないと勝手に思い込んでいたところがありましたが、5人ほどの規模だった小さい出版社でも、企画次第で売れるとわかったので、売れる本ってなんなのかと考えて一所懸命やるようになりました」
「そして単なる旅行記より、やばい目にあったという話に着目した『海外ブラックロード』シリーズだったり『裏のハローワーク』等、いわゆるサブカルチャーといわれるジャンルの本を数多く出版していくようになっていきました。地元で裏社会の大人達と過ごしていた中で、普通の人とは違うものを見て来たとは思うので、その中の感覚であるとか、知り合いのつてをたどって取材させてもらったりして出版の道が形になって来た次第です」
作家として執筆される時のテーマはどのように決めているのですか?
「物語は哀しみから生まれることが多いと思うんですが、つらい体験であったり、つらい環境であったり、そういう人の話を聞いてそれを伝えていきたいと思います。そこには、世の中の無情な真理とそこに抗おうとする人間の強さみたいなものが見えてくるからです。それを伝えることによって同じ環境にいる人は救われるかもしれない。ライフワークとしていろいろな人と会って話をしていくことで、書きたいものが出てきたら書いて伝えていきたいという感じですね」
アンダーグラウンドなテーマを扱われてきた中でご苦労もあったのでは?
「誰かを糾弾するために本を作りたいのではありません。真実を書くと困る人はいるんですが、傷つけたり困らせたりしたいわけではなく、事実をつまびらかにすることが重要だと思っているだけです。それで仮に結果的に誰かを傷つけることになってクレームを受けたり脅迫されたとしても、伝えなければいけない事実だと思って制作したわけなので、貴方を傷つけるために制作したのではないということはきちんと伝えます」
「ただ訴訟になったことは、過去に1件だけあります。2005年に出版したキャッチセールス潜入ルポ『ついていったらこうなった』で取り上げた会社から訴えられました。裁判ではその会社の給与となる基本給と歩合の比率において、歩合の比率がものすごく高いことで悪徳性の高い営業に走りやすいことが立証され、10対0の完全勝訴となり、この裁判の顛末も文庫化にするときにすべて記して発売しました」
初めて手がけられた麻雀本は?
「麻雀本は2015年に出版した雀ゴロKさんの書籍が最初でした。きっかけは東京に出てきてから10年ぶりにフリー雀荘に行ったら、卓がアルティマになっていてめちゃめちゃびっくりしたことでした。メンバーさんが2人入ってくれたんですが、高校時代に毎日打っていた麻雀と比べると、展開がすごく早くなっていて、スポーツ性が出て来ている感じでした。麻雀の打ち方も進化しているんだなと久しぶりに打っておもしろく感じたんです」
「それで成績をつけはじめ、スピードに対応する新しい戦術を理解しなければいけないと思ってネットで調べていると、知っていることしか書かれていないサイトが多かった中で、異質な魅力を放っていたのが、雀ゴロKさんのブログだったんです。それで本にしませんかと声をかけ、これまで計4冊出版させてもらいました」
麻雀で身についたことはありますか?
「麻雀にはまさに交渉ごとのすべてが詰まっていると思います。仕事においても伝え方の強弱はその都度変えていかなければいけない。麻雀も強弱であり、相手の河によって意図が伝わってきたり、感情は見えないけれど情報としては出てくる。それによって押し引きの強弱を変えなければいけない。しかも押し引きだけではなく戦術の多様性もあり、それがルールの中なので認められている。人や雀風によって左右されるものも大きくあるので、そうなるといろんな人の個性を認めることにもなるし、こちらもチューニングしながら局面に合わせた打牌をするために、いろんな戦術を学んで選択して決断する。決断力も試されますし、麻雀のゲーム性は本当に仕事そのもの、生き方そのものという感じですね」
編集者、作家、漫画原作者を目指す人へ
「自分がやっていることはすべて“表現する仕事”だと思っています。表現には答えが無いところがすごくおもしろい。本という形になって書店に並ぶ時、世界的な文豪ドストエフスキーや三島由紀夫と同じ物として語られる。そして興味を持ってもらえたら買ってもらえる。すごく残酷だけど平等な世界。自分が作っている本は裏社会をテーマにした本が多いんですが、過去に罪を犯した人間も、罪を犯して表の世界ではなかなか芽が出ない人間もすべて平等なので、価値のある本を作って読者が支持してくれれば、それは仕事につながります。残酷で平等な世界だからこそ、そこに取り組んでいくことで自分を磨くことも出来るので、大変だけどどんどんやってみてほしいなと思いますね」
インタビューを終えて
草下さんの好きな言葉は「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」。鶏口と為るも牛後と為るなかれという中国の古事成語で、大きな組織の末端でいるよりは、小さな組織でもトップになったほうがいいという意味だ。
彩図社書籍編集長として、作家として、漫画原作者として。常に責任ある立場で関わった本の累計発行部数は2000万部を優に超えている。
仕事においても麻雀においても「誠実でありたい」という草下さんの編み出す麻雀本や人間の業に迫る本には、いつも“人間”が真摯に描かれている。
◎写真:河下太郎(麻雀ウォッチ) 、インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)