- 近代麻雀で連載されていた、須田良規プロ(日本プロ麻雀協会)の著作全108話。麻雀ウォッチにて8話分掲載。
- 作品の発表経緯はインタビューをご覧下さい。
人間というものは非常に複雑な生物であるはずだ。その日の麻雀の調子の良し悪しも、席だとかツキだとかの単純な言葉で、その要因を片付けられるものではないだろう。落ち着いて卓上を観察する余裕と、それに対する判断能力。苦難な状況も甘受できる精神力。それは日によって実に微妙に変化すると思う。
麻雀の調子、というのは決して運だけではない。運に翻弄されるか否か、である。
その夜は初め振るわなかった。手が入らず、常に後手後手に廻って、反撃の足がかりが掴めない。
そんな折、親番の私は5巡目にこの形になる。
ツモ ドラ
浮かせていたが重なり、たまたまの七対子聴牌。とりあえず切りの単騎をとる。早く何か優秀な待ち牌を引きたいところだったが、続けて引いた牌は。慌ててツモ切ろうとして、手の内から空切りした。些細なことだが、続けて手出しすることで、七対子に見えないようにしたい。負けが込んでいるので、どうしても和了りたいところなのである。悪い状態を払拭できるか、と静かに気合いを入れ直していた。
そこへ北家の客からリーチがかかる。一発で掴んだ牌は無情にもドラの。
ツモ ドラ
自分の河にはを2枚並べているところ。さて。
せっかくの9600聴牌だが、単騎なんかで7枚見えている筋のドラを押すのは得策ではない。また、後々字牌単騎などに振り替えようとしても、まるで通ってない萬子のど真ん中を切るのも抵抗がある。
少考の末、ノーチャンスのに手をかけた。これならを叩いての両面で親満聴牌が組める。単騎待ちで暗刻のドラを押すくらいなら、この方が堅実に和了りを見込める選択だろう。
ただ、唯一の問題を除いては。
リーチを受けたのだから、他家も無筋の数牌よりは温めていた字牌を落としてくる可能性が高い。がすぐにこぼれることを祈ったが、叶わずに次のツモに手を伸ばす。持ってきたのは。
ツモ ドラ
そう、これが困る。を切ってバッタに受けると、が振り聴だ。さらに安全を追うなら、もも落として新たな搭子の種を拾っていく他ない。
ここが勝負所か、と覚悟を決めた。先程躊躇した7枚見えのドラ筋を今切るのは一貫性がないかもしれないが、今度は待ちが優秀だ。しかもドラでない方で打つならまだましか。眼をつぶってを横にした。
「・・・・・・!」
御声なし、である。河にと並べているところに、さらにを切っての追い掛けリーチ。なんだよそれ、と周りが訝しがる。通れば鉄板、と思う間もなく、一発でを引き和了った。
先行リーチ者がぼやいている。
「なんだ暗刻か・・・」
聞けば待ちはペン。ほっと胸を撫で下ろした。
結果蛮勇を押し通したが、丁寧に打った末の勝負が功を奏したとも言える。
何の牌が来るかは運である。それに対し、今日は手綱を巧く捌けるか、麻雀の調子とはそういうものなのだろう。
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プロフィール
須田良規(すだ よしき、1975年8月6日 - )島根県出身。東京大学工学部卒業。日本プロ麻雀協会(1期後期入会)A1リーグ所属。
代表作『東大を出たけれど』の原作を自身のnoteで108話公開。