完全1シャンテンと聞くと、いかにも昨今の先制テンパイ重視打法という印象を受ける方が多いかもしれません。安牌を抱えるより完全1シャンテンに取った方が基本的に有利であることを初めて定量的に示したのが2004年12月出版の『科学する麻雀』。本書には「完全1シャンテン」という単語は登場せず、この言葉自体はそれより後に知った私も、最近になった登場した概念とばかり思っていました。
実際、一昔(20年以上)前の何切る問題を見ると、完全1シャンテンに受ければよさそうな問題でも、リャンメンを固定して浮き牌を抱えるものばかり。当時の麻雀漫画も、完全1シャンテンの形に安牌を引くと、登場人物はさも当然の手筋であるかのように安牌を抱える描写が目立ちました。
ところが前回申しましたように、完全1シャンテンについて初めて言及された「沼崎定跡」は実に昭和初期のもの。この事実を初めて知った時は、そんな昔から、いかにも現代麻雀的な打ち方を推奨していた人がいたのかと衝撃を受けました。
しかし、当時の麻雀のルールがどのようなものだったかを踏まえれば、至って当然のことであることに気付かされます。何度も申し上げてきたように、現在のリーチ麻雀が普及するようになったのは1952年、報知ルール制定後のこと。それより以前はリーチも無ければ、リーチを採用する過程で設けられた1翻縛りや食い下がりもありません。言ってみればメンゼンという概念が無く、全てが鳴き手扱いの麻雀です。
ここ数年で再度、「完全1シャンテンに受けない」選択も着目されるようになりましたが、これもメンゼンでリーチを打つことを前提に、特に危険になりやすい牌は先切り。安牌を抱えるだけでなく、先切りした牌の周辺が待ちになった時に出アガリやすくなるという効果を期待してのもの。「ポンチーよし」の鳴き手であれば、やはり完全1シャンテンに受けるのが基本です。
リーチ麻雀以前のルール、アルシーアル麻雀には、ドラも三色同順も無いことにも言及しておく必要があるでしょう。安牌を抱える以外で完全1シャンテンに受けないと言えば、ドラや三色目の浮き牌を残すケース。当時のルールがいかに、完全1シャンテンに受けない理由が無いかが分かります。
そうなると、リーチ麻雀普及後の「いわゆる昭和の麻雀」で、安牌を抱えたり、迷彩をかけて出アガリを狙ったり、やたらと三色を狙ったりする手筋が流行ったこともうなずけます。それまでのルールでは考慮する必要性が薄い要素だったからこそ、そういった手筋を身につけることで他の打ち手との実力差をつけられると考えられたのではないでしょうか。当時の手筋の是非はさておき、こうして歴史を振り返ってみると、「リーチの採用」によって麻雀というゲームの価値観が大きく変わったことがうかがい知れます。
時代、地域によって実に様々ある麻雀のルールの中でも、極めて特徴的な日本のリーチ麻雀が、今となっては世界中で広く遊ばれるようになりつつあります。リーチ麻雀が世界の主流になる日もそう遠くはないのではないでしょうか。リーチ麻雀が普及する過程は第1回から取り上げましたが、麻雀のリーチは、将棋の取った駒の再利用にも匹敵する、ゲームを面白くするための画期的な発明だったのではないでしょうか。