予選Bブロック最終節最終戦、4名のシンデレラ候補には、それぞれ明確な目標があった。
塚田美紀と都美は準決勝確定となるブロック2位狙い。両者のテーマはライバルより上の順位で半荘を終えること。ただし、ラスを引くと現状4位の水谷葵よりポイントが下回ってしまう可能性がある。プレーオフの進出までは堅い両者ではあるが、プレーオフ1stの準決勝進出率が1/8であるのに対し、プレーオフ2ndは1/2もある。最低でも3位を目標としたいところだ。
前年度王者の中山百合子が連覇を狙うためには、ブロック順位5位以内に食い込み、プレーオフからの復活劇を狙うのが現実的な手段だ。Aブロック5位・高橋樹里の▲26.8ポイントを上回らなければその権利を得られないが、最終戦でトップを取ればその条件はクリアできる。残るCブロックの結果待ちにはなるが、まずはそこを目指すこととなる。
そして最高位戦日本プロ麻雀協会所属、「打点クリエイター」木村明佳吏もまた、ブロック順位5位という目標達成のために、予選最後の戦いに臨むこととなった。この日の対局開始前、木村は▲104.7ポイントという大きなビハインドを背負っていた。ここまでの3戦を全て2着でまとめ、なんとか最終戦へと望みを繋いだ格好だ。
「最後まで目が残って、本当に良かったです。ラスを2回とか引いていようものなら、最終戦でやることがなかったので。トップが取れなかった割には、そこそこのポイントでまとまりましたね」
予選11戦を終えて、木村はBブロックの選手では唯一トップを取っていない。順位点にオカを加えて、トップに+40ポイントが入るこのシンデレラリーグの中で、ノートップのまま傷を最小限に抑えたのは、彼女の高く評価されている守備力の賜物だろう。その結果、最終戦で34700点以上のトップを取りさえすれば、高橋を上回ってワイルドカードでのプレーオフ進出の可能性が残る。
かくして、四者四様の運命を担う1戦が始まった。
東1局、いきなり木村に大きなチャンスが巡ってきた。ドラのがアンコで、仕掛けても満貫のチャンス手だ。
鳴く間もなく、わずか7巡でカン待ちのテンパイが入る。
一方、親の塚田にも強烈な手が入っていた。タンヤオ・赤2の1シャンテンで、メンツ手にもチートイツにもなる形だ。
がアンコになってトイトイへと変化した直後、をポンしてタンヤオ・トイトイ・赤1のテンパイを入れた。木村と塚田、両者の命運を握るのはだ。
両者のテンパイが濃厚な局面で、都美は安全牌のを捨てたが――
これが中山のピンフヤミテンに刺さる。1000点という打点以上に価値があるアガリで、現シンデレラが難局をしのいだ。
続く東2局にも、木村に本手が入った。ドラのがトイツで、赤も1枚ある。
7巡目、チートイツの1シャンテンになっているところでを引いた。
木村の選択は切り。メンツ手とチートイツの両天秤に受けた選択だ。
「ただ、やを切って、かのどちらかの受けをなくすという選択もありました。マンズの場況が全然良くなかったので、を残す手もあったなぁと」
そう本人が述懐した通り、この手がなかなか進まない。
3段目に入って、親の中山がようやくをリリースしたのだが――
それでもようやく1シャンテン。
そうこうしているうちに都美がリーチ。
そして中山もリーチをかけ、木村はテンパイを取ることさえできなかった。2者テンパイの流局という結果に。
次局、供託2本のボーナスは塚田の手に渡った。のポンテンを入れ、ペンをあっさりとツモ。・チャンタ・ドラ1、1100-2100+供託2本のアガリで、塚田がトップ目に立った。
そうして迎えた東4局、木村にとって絶対に落とせない親番の1つが回って来た。アガリ連荘のシンデレラリーグ、そしてこのポイント状況だ。なんとしてでもアガリをものにしたい。
をポンして、早々に役ありの1シャンテンへとこぎつけた。 は場に1枚も見えておらず、ドラは。そしては2枚切れだ。もちろん木村は――
を切った。……!?
「我ながら『打点クリエイター』っぽかった気がします(笑)」
このキャッチフレーズは、木村がイラストレーターとしても活躍していることと、高打点志向の雀風だということを参考にして、知人に命名してもらったものだという。たしかに、この一打はそう選べるものではない。は2枚切られ、は3枚見えている。残りのは山に眠っていそうな場況ではあるが(実際に2枚生きていた)、アガリ連荘という縛りの中でリャンメンターツを払うのだ。僕なら怖くてピンズに手が伸ばせない。
「私も最初は 受けを残そうと思いました。だけど、結果はどうあれ自分らしく打とうと。 受けを失敗した時と、自信を持っているを失敗した時とでは、意味が違う。最終日最終半荘のここまで可能性を繋いでこれたんだから、最後は好きなように打とうと思いました」
なにも木村は、オカルト理論を説いているのではない。「打点クリエイター」としてここまで戦ってきたのであれば、最後までその流儀を貫こう。彼女が彼女であるために、「本当にピンズを切っていいのか?」という葛藤と戦いながら、を河に置いたのである。そして――
土壇場にきて、打点クリエイターがその真価を発揮した。
待ちに構え――
中山のテンパイ打牌を見事に捉えた。
・ホンイツ、7700点のアガリでひとまずトップ目に立った。
さらなる加点を試みたい木村は、次局に先制テンパイを果たした。4枚目のが切られたばかりではあるが――
を切ってリーチ! をツモって裏が1枚でも乗れば、2700オールという十分すぎる打点が見込める。
このリーチに怯んでなどいられない者が一人。中山が と切って、とのシャンポン待ちテンパイで追いついた。この直後に木村がをつかみ、タンヤオ・ドラ・赤、5500の放銃。四者が20000点台という接戦で、残るは南場のみとなった。
南1局で主導権を握ったのは都美だった。をポンして打。トイトイを本線としつつ、から横に広がってのかわし手も視野に入れる。親はライバルの塚田ということもあっての判断だろう。
この仕掛けに対し、塚田も――
中山も、ドラのを切りきれない。中山にいたっては、を切ってチートイツへと移行。意地でもを使い切る手組みにした。
それでも、トイトイ候補の全ての牌を絞り切れはしない。中山からこぼれたを、都美がポン。1シャンテンとした。ところで、残り2枚のはどこにあるのだろう?
は木村の手の内にあった。この終盤で、をトイツにしてチートイツのテンパイを果たしたのだ。だが、この は通るのだろうか……?
「正直、どうやってケイテン取ろうかなって思っていたくらいだったんですけど、どうにか役ありのテンパイが取れました。中山さんがを手出ししているくらいまでは、ピンズを切るのが怖かったです。だけど、その後の手出しが塚田さんに合わせての だったので、受けているんだと読みました。また、都美さんの仕掛けも怖かったですけど、手出しで中山さんの安全牌であるが出てきた。今なら受けが広くなった1シャンテンの可能性もあるので、この巡目なら勝負できるかもと思いました」
そんな読みと自信から、木村はを縦に置いた。
このを都美がポン! ・トイトイ・赤1の満貫テンパイだ。
その直後に木村がをツモ! あまりに大きな2000-4000で、木村が再びトップ目に。もし木村がリーチをしていたならば、都美はをポンしていただろうか? テンパイ打牌のは木村の安全牌ではあるが、極力リスクを冒したくない都美の立場からすると、塚田が親かぶりをして点差が縮まれば及第点という選択をするかもしれない。そのためをスルーし、テンパイを拒否していた可能性もある。だとすれば、木村のリーチ判断を含めたあらゆる選択が、このファインプレーを呼んだと言えそうだ。
再びトップ目に立った木村。高橋をポイントで上回るには、あと3100点稼ぐだけでいい。勝利へのルートが見えてきたなか、またしても初代シンデレラが立ちはだかった。