ある晩、特ダネ記者で知られる先輩と打っていたときのこと。
「やっぱり取材の肝は押し引きで、それをつかめるのが麻雀なんだよなあ」と言われます。
取材先との関係は気を遣います。いきなり核心に入れば、機嫌を損ねる恐れがある。が、いつまでも当たり障りのない話をしていたら、記事は書けません。相手の顔色や話しぶりを観察しながら、勝負どころで踏みこむ必要があるのです。
このような感覚は、マニュアル化は難しい。座学の研修だけでできるものでもなく、各自が失敗を繰り返しながら、それぞれ身につけていきます。
取材に限らず、ビジネスの多くは押し引きの連続です。営業の現場では、1円でも高く売りたい人と、1円でも安く買いたい人がぶつかります。「上司の指示にどこまで反論するか」「他のチームとどうやって仕事を分担するか」など、組織内の押し引きもあるでしょう。
ビジネスパーソンに欠かせない押し引き感覚をつかむには、やはり麻雀は最適な手段の一つだと強く感じます。
この連載では、これまで手作りや攻撃面のポイントを紹介し、これからは守備面の話に移ります。
その前に「どういう時に攻めて、どういう時に守るべきか」という押し引きについて触れます。
Mリーグチェアマンの藤田晋・サイバーエージェント社長は、著書「仕事が麻雀で麻雀が仕事」(竹書房)で、「押し引きの判断は簡単ではないし、センスも必要だが、この素養があるかどうかが、麻雀の強い弱いを分けると言っても過言ではない」という趣旨の記述があります(176ページ)。
つまり、麻雀で最も大切なのは「押し引き」だというわけです。ビジネスでも麻雀でも成功されている第一人者の言葉なので、説得力があります。
押し引きを身につけるには
1 実戦で痛い目にあう
2 本で知識を身につける
3 上手い人の押し引きを見る
などの方法があります。
1は、まず数を打つことですね。対局を繰り返すうちに身につくバランスが必ずあります。その場にいないと分からない他家の表情やしぐさ、違和感など感覚的なものもあるので、言葉では表現しにくいですが…。
2の本でおすすめなのは、まず、福地誠さんの「令和版 現在麻雀押し引きの教科書」(鉄人文庫)。タイトル通り押し引きに特化しており、具体的な場面に応じた問題が126問載っています。
この本のありがたいいところは、必要ない情報が省略されていることです。他家の切った牌がすべて描かれているページはほとんどなく、「何を判断材料にすればいいのか」を効率的につかめます。この問題集を繰り返せば、基本ラインを理解でき、大きく負け越すことはなくなるでしょう。
みーにんさんの「『統計学』のマージャン戦術」(竹書房)も、優れた1冊です。判断を迷いやすいポイントをデータをもとに解説してくれているので、説得力があります。
3は、放送対局がおすすめです。例えば、親のリーチを受けているのに、危険牌を続けて切っていく選手がいるとします。当たらなければ、放送の中では一瞬で終わり試合が進んでいきますが、「なぜここでこの選手は押したのだろう?」と考えるとよい訓練になります。一流の選手が押すからには、何らかの理由があるはずだからです。
「麻雀の匠」の動画で、魚谷侑未選手の第2回を見てみましょう。
7巡目、上家の親からリーチがかかります。直後、魚谷選手の手はこうです。
親が切っている牌 リーチ
直後の魚谷選手の手
ツモ ドラ
ドラが3つなので、ぜひアガりたい手ですが、まだ2シャンテンです。魚谷選手はのツモ切りを検討しますが、いったん現物のを切ります。
次巡、を引きます。
ツモ ドラ
が使える待望のツモで、1シャンテンになりました。これで十分戦えるとみて、を打ちます。無スジの危険牌ですが、リスクに見合うリターンがあるので押したわけですね。
ただ、その後をツモって、オリます。字牌が当たる可能性は比較的低いですが、もし放銃した場合はの役もつくケースが多く、リスクが高いと判断しての撤退です。育ちつつある高い手を崩すのはとても切なく、さらにこの後3枚目のドラを引いて「くぅ~っ」となるのですが、これが押し引きの「引き」です。
なお、「押し引き」という言葉からは、「押し」と「引き」が半分ぐらいのイメージを受けますが、実際は「引き」の時間帯の方が圧倒的に長いです。サッカーでいえば、ずっと自陣にボールがあり、ゴールが脅かされ続けているような感じです。そして我慢に我慢を重ね、一瞬のチャンスをとらえて得点するのが醍醐味だといえます。
この押し引きは、打ち手の個性が出る部分です。Mリーガーの中でも、佐々木寿人選手のように攻撃型の選手もいれば、多井隆晴選手のように守備型の選手もいます。
ぜひみなさんも、経験を積まれて、自分なりの押し引きの基準をつくっていただければと思います。
次回からは、守ると決めたときのポイントをご紹介していきます。