前回「押し引き」を紹介したところ、「押し引きは期待値が重要なんでしょ」という話をいただきました。「期待値」は、近年よく聞く言葉ですが、つまるところ何なのでしょう。
Wikipediaを見ると「確率変数のすべての値に確率の重みをつけた加重平均」とありますが、これだけだとよく分からないですね。
実のところ、期待値の計算は、基本的にかけ算と足し算の組み合わせなので、難しく考えすぎなくても大丈夫です。
具体的な例を紹介しましょう。次のようなゲームがあるとします。
サイコロを1回振ります。1が出たら360円もらえ、2が出たら120円もらえます。
3、4、5が出たら何も起こりません。6が出たら420円とられます。
このゲームに参加するべきでしょうか?判断材料になるのが期待値です。
サイコロのある目が出る確率は、6分の1ずつです。それぞれの目でもらえる金額をかけ算したうえで、合計します。
6分の1×360+6分の1×120×6分の1×0+6分の1×0+6分の1×0+6分の1×(-420)
=60+20+0+0+0-70
=10
この「10」が期待値で、もらえそうな金額を意味します。つまり、一度参加するごとに10円もうかると期待できるのです。
であれば、参加した方が得ですよね。繰り返し参加してもいいなら、毎日ひたすらサイコロを振れば億万長者になれます。運悪く6が出ると420円とられるので、感情的には「損する可能性があるゲームは嫌だな」と思うかもしれませんが、長期的にみると、参加するべきなのです。
このように、期待値は「ある行為をすることが得か損か」を決める客観的な基準になるのです。
麻雀の押し引きも、損得の判断なので、期待値が役に立つのですね。
例えば、次のような状況があるとしましょう。親にリーチをかけられていますが、自分もテンパイしています。ハイテイで危険牌をツモってきました。
・押すと10%の確率で親の満貫(12000点)に振り込む。90%の確率で通って、テンパイ料1500点をもらえる。
・安全牌を切ってオリると、100%の確率でノーテンとなり、テンパイ料1000点を失う。
・押したときの期待値は、0.1×(-12000)+ 0.9 × 1500= -1200+1350 = 150
・引いたときの期待値は、1×(-1000)= -1000
引いたら必ず1000点失うのに対し、押すと、150点得ることが期待できます。
比べると、「押した方が得」と判断できますね。
では、押した時の放銃確率が20%だとどうでしょう。
20%の確率で親の満貫(12000点)に振り込み、80%の確率でテンパイ料1500点をもらえるので、
0.2×(-12000)+ 0.8 × 1500= -2400+1200 = -1200
となります。
引いたときの期待値 -1000点 よりも損失が大きくなったので、結論が変わりました。こうなると、オリた方がましだといえます。
おお、期待値ってシンプルな基準で使えるな! と感じますね。
しかし残念ながら、実戦中に、正確な期待値を計算できることはほぼありません。
まず、放銃確率や相手の打点は正確には読めません。さらに、一巡ごとに安全牌が増えたり、他家のリーチや仕掛けが入ったり、自分がドラをツモったり、刻々と期待値が変動します。それを瞬時に計算することは、極めて難しい。
ただそれでも、ざっくりと期待値を推測することは、大きな意味があります。
明らかにどちらかが得な時に、常に得な方を選ぶだけでも、勝率はあがるからです。
例えば、「押すと2割ぐらいの確率で子の満貫(8000点)以上に放銃しそう。一方、1割ぐらいの確率で2000点の手をアガれそう」
というとき、おおまかな期待値は、0.2×(-8000)+ 0.1× 2000 =-1600 + 200 = -1400
となります。
明らかにマイナスの値なので、多少確率や打点が変わっても、プラスにはならなそうです。であれば、2000点の手にこだわって押すべきではないのです。
期待値の考え方は、日常生活やビジネスなど、あらゆるシーンで活用できます。新規事業や投資をするかの判断は、典型的な場面ですね。大まかに数字をつかめば、少なくとも大間違いは避けられます。
ちなみに、私は競馬も好きですが、馬券を買うことの期待値はどのぐらいでしょうか。
JRAのウェブサイトには払戻率が載っており、馬券の種類によって70%~80%です。1万円の馬券売上があれば、うち7000円~8000円が客に戻るというわけです。
つまり、客から見ると、1万円の馬券を普通に買った時の期待値は7000円~8000円です。買えば買うほど損をしますね。競馬新聞を買い、競馬場やWINSまで出かけると、さらにコストがかさみます。
経済合理性だけを考えると、競馬には参加すべきではありません。他の公営競技やパチンコ、カジノなども、すべて期待値はマイナスです。宝くじは特に低く、期待値は半分以下しかありません。
しかし実際には、多くの方が熱中しています。それは、お金以外の価値があると判断しているからでしょう。「好きな馬を応援する」「ゴール前の攻防にどきどきする」「データを読み解いて予想するのが楽しい」「競馬仲間と交流できる」――。私自身は、これらの経験が得られれば総合的に得、という判断をしています。
麻雀でも同じで、期待値だけで判断しないときがあります。顕著なのは、役満を狙えるときです。
ツモ
を切ればのリャンメン待ち。リーチをかければ、リーチ中三暗刻で、満貫が確定します。
一方、を切れば、四暗刻が狙えて、夢があります。
もし「ここで満貫をアガればトップがほぼ決まる」場面であれば、切り推奨です。リャンメン待ちの方がアガリやすいですからです。夢を追いかける必要は薄いです。
が、役満はやはり麻雀の華。麻雀店内に名前を飾ってもらえたり、写真を撮ってSNSにアップして盛り上がれたりするかもしれません。点数だけの期待値とは別の判断材料ですね。ほぼ損すると知りつつ馬券や宝くじを買う人が多いのと同じく、「何に価値を置くか」は個人の自由です。ただ、純粋に勝利だけを考えると、切りが有力だと意識しておくのは大切です。
また、「その局面だけの期待値」と「ゲーム全体を考えたときの期待値」が異なる場面も多くあります。
・選択A 1%の確率で倍満(16000点)、3%の確率で跳満(12000点)、5%の確率で満貫(8000点)をアガれそう。
・選択B 20%の確率で満貫(8000点)をアガれそう。
という2つの選択があるとします。それぞれの期待値は
・選択A 0.01×16000+0.03×12000+0.05×8000= 160+360+400=920
・選択B 0.2×8000=1600
で、Bの方が高いですね。通常の局面では、Bを選んだ方が有利です。
しかし、先日の「麻雀最強戦2021 Final」のオーラスを迎えた瀬戸熊直樹プロのように、「倍満をアガらないとトップになれず、トップになることの価値がめちゃくちゃ大きい」場合はどうでしょうか。
であれば、例え1%の可能性しかなくても、選ぶのはAです。Bだと100%優勝はありませんが、Aだと、1%の確率ではかりしれないメリットがあるからです。期待値は
0.01× 無限大 +0.03×12000+0.05×8000= 無限大+360+400= 無限大
のようなイメージです。
一方で、トップ目でオーラスを迎えたときは、高い打点を狙う必要はありません。
・選択A 倍満以上を狙えるが、振り込んでトップから転げ落ちる可能性がわずかながらある。
・選択B 自分のアガリはないが、振り込むこともなく、必ずトップを維持できる。
の2択なら、その瞬間だけの期待値は、高い手を狙えるAの方が高いでしょうが、正解はBです。トップを失うことのデメリットが非常に大きいからです。
これらの議論は、人間の選択について考える「意思決定理論」という理論と関係があり、国際政治や経済学、経営学、心理学など様々な分野につながっています。理論を学んですぐに麻雀が強くなるわけではないですが、ご興味がある方はぜひ調べてみてください。
もしかすると、皆さんのまわりに「現代的な麻雀の勉強をしている気配はないが、なぜか勝負強い打ち手」がいるかもしれません。そのような方々はおそらく、長年の経験と感覚によって、期待値的な考え方や局面に応じた意思決定をバランス良く組み合わせ、常に最適に近い選択をされているのではないか、と思います。
少し難しい話になりましたが、麻雀でどちらが得かを考え抜くことは、日々の生活や仕事の選択にも役立つと思います。
次回からは、守りの話をご紹介していきます。