日本プロ麻雀協会は2022年に託児サービスをスタートさせた。始まりはお笑い芸人としてM-1グランプリ出場経験もある上野あいみプロが育児を機に「託児サービスがあれば、女流リーグに参加し続けられるのかな」という思いを抱いたこと。同団体執行部の斎藤俊プロがその思いをバックアップし、上野プロの活動に共鳴して麻雀プロになった赤岩梨乃プロの3人に話を聞いたーー
託児サービススタートまでの経緯は?
上野「私自身、2017年にひとり目、2020年にふたり目が生まれたんですが、出産育児に追われてリーグ戦を休場することになりました。もし育児中に子供たちを預けられる環境があったら、リーグ戦に出られていたのかなと正直心苦しく感じたこともありました。実際、妊娠出産で麻雀業界を離れていくプロを多く見てきて、プロ活動を理解してくれる託児サービスがあったらいいのになと思っていたので、じゃあ私がやってみようと動き出したのがきっかけです」
最初に取り組んだことは?
上野「保育士資格の取得でした。コロナ禍とはいえ、合格まで4年もかかるとは思っていませんでした(笑)。ただ2021年に保育士資格を取得したものの、その資格をどう活用していけばいいのかまでは明確になっていなかったんです。そんな私にこうしてみては?と背中を押してくれたのが斎藤さんでした。斎藤さんのおかげで今の形にたどり着いたという感じです」
斎藤「私は日本プロ麻雀協会で教育部長として人材活用に関する業務も行っています。託児サービスという面から所属プロの活動継続をサポートしたいという上野さんの思いを知り、団体として一緒にできることがあればとバックアップしています」
赤岩「私はそういったあいみさんの活動に憧れて麻雀プロを目指したんです。麻雀は18歳の頃、アプリで始めてから好きで、プロになってみたいなという憧れはありました。そんな時、あいみさんの活動を知り、そういう面であれば私も麻雀の世界で少しはお役に立てるのかなとプロテストを受けました。志望動機を話した面接官が、あいみさんと一緒に託児サービスを立ち上げた斎藤さんだったんで、すごくご縁を感じて嬉しかったです」
日本プロ麻雀協会における託児サービスの特徴は?
斎藤「お互い顔見知りであることがメリットです。対局開始から終わりまでを1日単位としているので時間の融通もきき、価格も抑えた状態で知り合いに預けられることは安心感にもつながります。現段階では女流雀王戦(※)の開催日を中心に展開していますが、今後はより幅広く対応できたらと考えています」
※女流雀王戦:日本プロ麻雀協会所属の女流プロによる年間リーグ戦
上野「ある麻雀プロがベビーシッターに預けて対局に出たら1日2、3万円はかかったという話も聞いていました。それでは毎試合預けるのは大変だと思っていたので、できる限り低価格でサービスを提供したいという気持ちから相場の三分の一以下の料金設定としています」
対象年齢と託児内容は?
上野「1歳から小学3年生ぐらいまでが対象で、3人以上お預かりする場合は、サポートスタッフと2人で託児します。女流リーグが行われる対局会場の近くでお預かりすることになるため、会場ごとにどこに公園や児童館があるのか。公園はどのぐらいの大きさなのか。レンタルスペースやカラオケボックスはどこにあるのかなどは事前にリサーチしています。それを元にスケジュールを組み立てて、前日までには親御さんに送ります。また念のため保険証のコピーも事前にお預かりして、土日に受診してくれる近くの病院も把握しておきます」
1日の具体的な託児スケジュール例は?
上野「午前11時に対局が始まることが多いので、10時30分にお預かりし、天気がよければ公園へ。保育士は食事を提供することはできないのでファミレスなどでご飯を食べて、また公園に行きたいという場合は公園をはしごしてからカラオケに行きます。カラオケでは歌ったり、休憩したりしてのんびり過ごし、それから児童館に行って絵本を読んだり、ジェンガで遊んだりして、対局が終了したらお引き渡しといった流れです」
託児サービス開始後の周りの反応は?
斎藤「Xなどで発信していくことで、今後女性のプロ志望につながるとか、業界で長く活動できるとか、目には見えないところで寄与できていると感じています。実際、この活動を応援してくださる方もいて、支援金を頂いたこともありました」
上野「支援金でふたり乗りのベビーカーを購入させて頂き、おかげで移動もかなり楽になりました。またボードゲームの販売会社で働いている艶奈(あてな)ゆりあプロからは、3種類のボードゲームを寄贈してもらったこともありました」
赤岩「女流プロからは将来的に妊娠出産を考えたときに、利用しやすくなるからうれしいという声もあります。私自身、2000年に保育士の資格を取得して、夫が経営する歯科医院でマネジメントをサポートしながら治療中の患者さんのお子さんを一時預かりするサービスをスタートしていたんですが、当時はこの経験を麻雀業界で活かせるとは思っていませんでした。私に新しい道を提示してくれたあいみさんには感謝していて、自分のできることで麻雀業界を支えていきたいと思っています」
麻雀プロ団体としては初の試みだと思います
斎藤「これまでは麻雀を打つことを第一に考えてプロ入りされる人がほとんどだったと思うんですが、麻雀業界内でも価値観が変化し始めていて、従来通りシンプルに強くなることを目指すだけでなく、セルフプロデュースして自分を売っていくことや、麻雀業界にどう貢献していきたいのかという目的もある。団体としては目的と強みが明確な人を求めていて、その上で具体的なビジョンを持っている方に対しては、プロテストの結果以外のプラスアルファ要素として合否判断に加味し、人材として育てていきたいと考えています。なので団体としては、上野さんたちに託児に専念してもらえるよう、事務的なことや金銭的なことは将来を見据えてできる限りサポートしています」
上野「私は託児で女流雀王戦に出場できなくなりましたが、今は割り切って所属プロたちを支えていけたらなと思っています」
麻雀と育児、共通項はありますか?
上野「麻雀はもらった配牌を自分がどう大切に育てていくのか。成長過程を見守るという点も楽しみで、どこに伸び代があるのかというところも育児との類似点だと感じています」
この仕事を目指す人へ伝えたいこと
上野「託児に関しては先陣を切って行きますので、同じ志のある方はぜひご一緒に活動して頂けたらと思っています。何人でも募集しています」
赤岩「保育士は国家資格ですが、専門学校に通わなくても自宅で取得できます。私の場合はこの資格のおかげで世界が広がり、麻雀プロになるきっかけにまでなったおすすめの資格です」
斎藤「日本プロ麻雀協会はRMUさんと共同でVtuberのネット麻雀リーグ『VPR(V-pro League)』を立ち上げる等、新しいことに積極的に取り組んでいる団体です。麻雀業界に新しい価値観を生み出したい人や、新たな角度から貢献したい人をお待ちしております」
インタビューを終えて
上野プロの芸人デビュー当時の肩書きは『女子大生芸人』だった。そのため大学卒業と同時に先輩芸人から「新たな肩書きのために麻雀プロテストを受けてこい!」と言われたことがきっかけで麻雀を始めたという。
「もともと麻雀芸人という肩書きは自分を売り出すためのアイテムだったんですが、時を経て、プロ仲間の託児をしていくことによって、今では麻雀が人生の一部になってきた感があります。他団体でも保育士資格の取得を目指している方もいて、もしも共同で何かできたらいいねという話も出ているんです」と柔らかく微笑む。
その人を特徴づける社会的な地位や称号を肩書きというが、まさに唯一無二の『麻雀芸人』として歩み続けている。
◎写真:河下太郎(麻雀ウォッチ)/インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)
プロフィール
上野あいみ(うえの・あいみ) 1987年11月27日、千葉県生まれ。O型。日本プロ麻雀協会。第9期夕刊フジ杯麻雀女王。好きな絵本は『おおきな木』。好きな役はチャンタ。「チャンタが出来上がった時の高揚感は役満と同レベルです(笑)」
赤岩梨乃(あかいわ・りの) 1986年10月29日、東京都生まれ。O型。日本プロ麻雀協会。アパレル業界で10年間働いた後、結婚を機に保育士資格を取得。好きな役は大三元。「習慣は第二の天性なりという言葉を大事にしていて、常に笑顔でいることとポジティブな考え方を習慣化することを心がけています」
斎藤俊(さいとう・しゅん) 1985年3月2日、神奈川県生まれ。B型。日本プロ麻雀協会。第12期雀竜位、第7回チャンピオンロード雀王シリーズ優勝。経済と環境分野研究の仕事と麻雀プロとの二刀流。好きな役は緑一色。「映画『THE FIRST SLAM DUNK』は6回観ました(笑)」
関連リンク
日本プロ麻雀協会