- 以下「麻雀界 第16号」(2012年4月10日発行)より転載 -
対人ゲームとしての考え方
──将棋の場合は相手の素振りは気にしないで、本当に盤面での勝負になるのでしょうか?
素振りも多少はありますが、自分が有利な時は楽しんでいても勝てるので、関係ありませんね。
不利な時に多少、相手のアクションが参考になることもありますが、不利な時は基本的に相手任せなので、淡々と指していくという感じです。
──麻雀のほうはスポーツというか、格闘技に近い感覚で、将棋のほうは学問というイメージでしょうか?
どちらにもいろいろな要素があって、ちょっとしたことで変わるから面白いですね。
どちらがどういう風な系統とかは特に意識しておりませんが、将棋はとにかく淡々と思考し着手するという感じでしょうか。
将棋の場合は、心の揺れというものが勝負に影響しないのですか。
技術的に未熟で負けることが多いので、気持ちの問題では負けないようにしようとは思っていますが、なかなかそうはいきません。
それはコンディションの問題ですか。
それもありますね。 だいたい朝、対局場に行った時点で、ある程度予想がつきます。 今日は調子が悪いなあと思うときは勝率も悪いです。 だからといっていつも負けるわけではありませんが。
やはり人間がやることですから、そういうものなのですね。
メンタルトレーニングといったことはやらないのでしょうか?
大きな対局を迎える前は気持ちが盛り上がっていけるように考えてはいますが、特別なトレーニングといったものはありません。
麻雀では、気持ちを盛り上げるために何かやったりするのですか。
一流の打ち手はやりますね。そうでない人はあまりやらないかもしれませんが、やはり、大きな対局の日に向けて逆算して、心の盛り上げ方とか、落ち着かせ方を考えます。
ある人は必ず温泉に行ったり、ある人は海に行ったりとか。 それぞれやり方はあると思いますが、私の場合は、大きな対局の前は森などが好きなので、そういう所で整えることが多いですね。
自然の空気に触れてゆったりするということでしょうか。
おかれた環境と精神のの戦い
そうですね。そうでないと、麻雀の場合は将棋の大きなタイトル戦などと違って、雑然とした中でやることが多いので、自分をコントロールすることが非常に難しいんですね。
ギャラリーが気になることもあるでしょうね。
大衆的な娯楽だということはわかるのですが、その雑多な中で、心の持っていき方というのは難しいですね。
当日、話しかけられたりすることも多いですし、会場によってはすぐ真後ろに何十人もいたりする。 と思えば、すぐ前の観戦者の表情も目に入いったりしますし…。
とにかく大変かなということが多いですから、よほど整えていかないと環境に揺さぶられてしまいます。
対照的で面白いですね。
そうですね。研ぎ澄ませておかないと、瞬間の勝負なので反応できないということがあります。
1秒で決めないといけないわけですからね。将棋を1秒で指せと言われても、絶対に指せません。
0.2~3秒の勝負ですからね。 それから、耳が冴えていないと空気が変わったことを音で感じられません。勝負に来ている人の、ツモって捨てる時の音を聞き分けていないと早めに準備できなくなります。 3巡目に聞けるのか5巡目に聞けるのかで大分変わってくるので、早めに聞くことに集中していないと聞き分けられませんね
気配というより、物理的にリズムや打牌の強さが変わったりする。 当然何らかの変化があったわけですから、それもしっかり捉えたい所です。
──どんどん入り込んでいくのですか?
そうですね。大きなタイトル戦の決勝などは東の1局から入り込まなければいけないので、コンディションづくりが結構大変です。
──将棋の場合は、思考している最中に本当に入り込んでしまって、周囲が何も気にならなくなるという状態になることもあるのでしょうか。
たまにありますが、いつもそういうわけではないですね。またすぐにできるものでもないですし。
思考法の転換点
──終盤になってくると持ち時間が短くなって、それでも考えることは同じくらいあると思うのですが、考える量とかスピードや精度といったものは、変わってくるのでしょうか。
終盤は必ず、ある答えを探すという作業になりますので、それまでとはまったく違ってきます。
中盤までは感覚的なものが優先される時もあるのですが、終盤は完全に計算ですから、いかに早く答えを導き出すかという一点に尽きます。
──そこにあまり人間の感覚的な部分は入り込まないで、完全に数学的な思考になるということでしょうか。
そうですね。最後の最後になるとコンピューター的な思考になりますので、その部分においては、コンピューターは完全に人間を凌駕していると思います。
──不利な場合では、少しでも局面がよくなる手を探し続けるということになりますか?それとも相手の意表をつく一手を考えたりはするのでしょうか?
そういう時もありますが、不利な時は負けることが当たり前なので、そういう前提でやっていますから、負けても仕方がないという感じです。 ただ、少しでも差を詰めるためにいろいろと工夫して、相手が考えてもいないような手を指すといったこともあります。
──優勢な時には、ほぼコンピューターのように余計なことは考えないということですね。
そうです。余計なことは考えずに、ひたすら計算をしていきます。
──ぜんぜんわからずに着手することもありますか。
ありますね。 麻雀に比べたら長い思考時間があるのですが、なかなか答えが出なくて、まあこれで行ってみようという感じで見切り発車することもあります。持ち時間の事を考慮に入れての話ですが。
複雑な思考を求められる麻雀の終盤
──麻雀の場合は解析して終わりということはなくて、最後の最後まで波乱を含んでいますよね。
そうなんですね、1対1ではないので。 勝負的には1対1の形になっているにもかかわらず、残りの二人の動向如何では形勢が逆転されかねないので、圏外の二人の心の動きにはかなり注意を払って刺激しないようにします。
──勝負がついているにもかかわらず、誰かが突然ポンしたりすることもありますしね。
麻雀にも投了があると思っているのですが、投了したあとに邪魔にならないように打つことが非常に難しいゲームでもあるのです。
初牌の役牌をポンさせないというレベルの話ではなく、捨てられていく牌を参考にしながら最終形をどう作るか考えている人が多いので、参考にならないように捨てなくてはいけないわけです。
例えば、が2枚出たら3枚目のは見せないようにしようとか、そういうことを考えながら打つのが投了だと思うのですが、そういうことを考えている人があまりにも少ないので、結局序盤があまくなって、どちらかに有利な牌が出てきてしまうんです。
それが困ったところで、みんなが共通の認識でやっていればいいのですが、圏外の二人のどちらかが急にアガりたくなって、役牌を切ってタンヤオ・ピンフ・ドラ・ドラのような手に向かって進もうとして、局面が急に早くなって、はい終わりました、というような決着のつき方があったりします。
その辺が麻雀というゲームの限界で、共通認識を持てばもう少しいいゲームになるのですが、なかなかそうはいかないところがあります。
だからこそ、圏外の二人を刺激しないように打つよう気をつけています。 人間は感情で動くので、「なんだよ」なんて思わせると絶対こちらが不利になります。 そう思わせないように進めていくことが大事になるので、やはり難しいゲームですね。
圏外の二人がアガろうとすることは、マナー違反なのですか。
ルール的にはいいのですが、やはりマナー違反ですね。
つい先日も、大きなタイトル戦で優勝争いをしている二人がいて、ラス前で追い上げる側が親番、オーラスは優勢な側が親番でした。
ラス前、4000オール1回で逆転できるところまで連荘して追い上げていたのですが、やはり感情に左右されるので、二人の勝負に任せようとしていた圏外の二人のうちの一人が、あまりに連荘が続くので優勢なほうに勝てせようとして、ピンフのみの手で6巡目にリーチしてアガってしまいました。 結局、優勢なほうが優勝したのですが、そういうことも起こるゲームなのです。
難しいですね。 将棋の場合は、相手がどんな大一番であっても全力を尽くすのが当たり前なので。
それは、1対1だからいいのではないでしょうか。
(次号へつづく)
目次
プロフィール
土田浩翔
1959年生まれ、大阪府出身。
最高位戦日本プロ麻雀協会所属。
鳳凰位、王位、最強位、十段位、プログランプリなど獲得タイトル多数。
独自の戦法土田システムを操り、「トイツの貴公子」の異名を取る。
森内俊之
1970年生まれ、神奈川県出身。
日本将棋連盟第69期名人。
名人位8期在位のほか、竜王、棋王などのタイトルも獲得。
「鋼鉄の受け」と呼ばれる強靱な受けに絶対の自信を持ち、順位戦では驚異的な勝率を誇る。
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