- 以下「麻雀界 第18号」(2012年6月10日発行)より転載 -
若手とベテランの思考の差
麻雀界の若い人たちもどんどん勉強会をやって、我々が教えてもらわないと発展していきませんよね。
──将棋界の若手は、あれだけ研究してるのですから、どんな対局でも勝てるのではないかと思うのですが、実はそんなことはなくて、逆にけっこう負けたりしますね。
ベテランのほうが経験はありますので、どのへんが危ないかを知っています。研究会では負けても、実践では少し変えるとか、応用がきくのだと思います。
変えたということが、若手にもわかるのでしょうか。
わかりますね。
不思議ですね。でも、麻雀にも似たようなところはあります。ベテランでないとわからないツボというか、局面というか、手順というか…。
麻雀の場合は今、若手たちの早いアガリが平成流儀と言われています。 以前は11巡目くらいがアガリの平均だったのですが、1・5巡から2巡くらい早くなっています。
手役を捨てて進めるということですか。
はい。ドラが一つあればリーチをかけるというのが、今は主流ですね。
ただ、それが本当に正しい戦術なのかどうかは、ベテランと闘ってみないとわからないと思います。 私の哲学では、なるべく巡目が進んだほうが麻雀の質が良いと思っているので、牌をあまり開けないで終わるのはどうなのかと思います。
野球で言うと、速い球は投げるけど軽い球ばかりなのでは、ということでしょうか。重い球も織り交ぜないと勝ちきれないのでは、とは思いますね。若いうちは速い球ばかりでもいいのですが、そればかりでは打ち返されやすいのではないかと思うのです。
同じ8000点でも、そのあとに点棒が出ていきにくい8000点と、出ていきやす8000点があるので、そういうところをもう少し研究したほうがいいのではないかと思っています。
やはりリーチが全盛なのでしょうか。
そうですね。あと、チーやポンに関しては、出てきた順に仕掛けるというのが全盛です。 要するに、ここは2鳴きしてとか考えないで、はいチー、はいポンという、1手でも進めておいたほうが得といった感じですが、それもどうかなと思います。
3人麻雀に似ていますね。
間の取り方を変化させることを覚えないと、バリエーションが少なくてわかりやすい麻雀になってしまって、欠点が浮き彫りにされやすくなるかなと思いますね。
──最近、将棋も全体的に戦法とか傾向としてはスピード感が出てきて、早めにぶつかることが多いような気がしますが。
早いですね。
──それは流行なのか、それとも現在の将棋の考え方が、そういう方向に向かっているのでしょうか。
早い展開を好む若い指し手が増えてきていますし、そのほうが研究のしがいもあるという感覚だと思います。
自分たちの土俵で勝負したいということでしょうか。
そういうことだと思います。
──それは本当の強さに結びついているのでしょうか。
まあ、勝った人が強いという世界なので、それで頂点まで行くのであれば、そう言えるのではないでしょうか。
得手不得手
タイトルを取る人というのは、やはり勝率もいいのですか。
いいですね。
勝率は悪いけどタイトルは取るという人はいないわ けですね。
いないですね。若い時は勝率7割くらいが一つの目安になっています。
7割ですか。名人の順位戦での勝率8割というのは、そう考えると異常なのですね。
それはたまたまだと思いますが。
そうは言っても、200戦以上しているわけでしょう。
ほかの対局の勝率に比べるとかなり高いので、それはちょっと異常だと思います。
持ち時間が影響しているということでしょうか。
それもあると思いますが、そういうことに関係なく、強い人は強いですね。弱点がほとんどない人もいますし。
弱点がないというのは凄いですね。
私なんか弱い展開というのが決まっているので…。
どういう展開が弱いのですか。
細い攻めというか、少ない駒で攻めざるを得ない展開です。 麻雀でいうと、早めに鳴いて仕掛けるという展開が得意ではなくて、門前でゆっくり手づくりしてリーチをかけるというのが好きですね。
私は上家に遅い人が座るとダメなんです。完全に脳がいかれて、感性が働かなくなるというか、そのリズムに合わせられないんですね。 遅いなら遅いで一定のリズムならいいのですが、時に早く時に遅くとなると、もうダメです。
あとは、最近の若手に多いのですが、牌をツモる時や打牌する時に、円を描くようにする人、その場合も脳がいかれてくる感じで、まず勝てません。
平常心を保つことの難しさ
──相手の指し方とかは気になりますか。
そんなことはないですね。
指し方は、みんな違うのですか。
プロの方はみんなマナーが良いので、同じです。
マナーの悪い指し方というのはあるのですか。
ないわけではないのですが、そういう人はあまりいませんので。
強打する人はいますか。
──将棋も強打する人は、かなりいますよね。テレビ中継を観ていても、決め手とか気持ちのいい手とかは、自ずと強くなっているイメージがありますが。
まあ、相手が気にならない範囲であれば、いいのではないでしょうか。
指す時に、手が震える人はいますか。
そうですね。勝ちが見えた時に震えることが多いと言われています。よくわかりませんが、緊張感から開放されるからではないでしょうか。
麻雀プロでも震えながら打つ人は数人いますね。
──緊張したり、リーチがかかったり、奇跡的にいい手が続いたりすると震えますよね。そういうことはないですか。
やはり役満をアガった次の局は、たしかに手は落ち着かないですね。
──高い手をアガったあとに、続けてものすごくいい手が来たりした時は緊張してしまいますね。
そういう人は、緊張感が相手に伝わりやすいですよね。またいい手が入ってるんじゃない、という感じで、いきなりチーをしたりして。
──精神力は大事だなと思いますね。
いつも平常心でいるのは難しいですね、人間は。勝負にいつも平常心で向き合えるということが、いかに難しくて大事なことかというのを思い知らされます。
肌で感じるわけですものね、1回1回いろいろな手が来て。 麻雀ほど相手のことを見ているゲームはないと思います。将棋はあまり、相手のことは見ませんから。
そういうものですか。駒のほうに集中しているからでしょうか。
まったく見ないこともありませんが、基本的に将棋盤に集中して、考えていることが多いので。
相手の顔色を見ることは、あまりないわけですね。
見なくても、相手がどんなことを考えているかというのはわかりますから。
──将棋でも、アマチュアの大会は人間性がもろに出て、別ですけど。
センスか努力か
将棋の場合、プロになるかならないかは、努力よりもセンスのほうが大事ですか。たとえば小学生の将棋を見ていて、この子はプロになれるなとか、わかりますか。
特別優れていればわかりますが、どうなるかわからない人が奨励会に入ることが多いので、どちらとも言えません。
奨励会に入ってから、この子はタイトルを獲りそうだということはわかりますか。
それはわかりますね。
やはり、そういうものですか。 麻雀もそうですね。プロが千人くらいいますが、タイトルが取れそうな人というのは、見ていてだいたいわかります。
──麻雀の場合は、本気で努力しているプロというのが少ないので、本気で努力すれば、そこからがスタートだと思うのですが。
ただ、タイトルは一つではダメで、二つ、三つと取っていかないと麻雀の場合は評価されにくいので、三つくらい取りそうなプロは、麻雀の質がどこか違いますね。
プロとしての葛藤と「勝負」とは!
強くても必ず勝てるわけではないということが、麻雀プロの中に葛藤としてあるのでしょうか。
本当のプロ意識を持っている人であれば、そういう葛藤があると思います。 ただ、4人でやるゲームなので、敗因を相手のせいにして逃げてしまう人が多いですね。
──将棋の場合は棋譜もちゃんと残りますし、感想戦もありますが、麻雀の場合は気になっても解明できないで終わってしまうことが多いですね。
負けた理由をいくらでも後付けできるゲームなので、巧妙な詭弁を使うプロが多くて困ります。
──そろそろ時間がきてしまいましたので、最後に一言ずつ、ご自身にとって「勝負」とは何なのか語っていただいてよろしいでしょうか。
中学生でこの世界に入りまして、もう30年近くになります。ずっと勝負の中で生きてきましたし、そういう世界が向いていると思っていた時期もあるのですが、最近は、あまり勝負が好きなのではなくて、たまたま勝負をつける世界にいるだけであって、本当は何かを追求していくことが好きだったのだと感じるようになりました。
ほかのゲームも含めて様々な経験を積んできましたが、勝負が自分を育ててくれたことは間違いないので、それが一番の財産だと思っています。
似てますね。私も、自分自身は勝負事にも勝負の世界にも向いていないと思っています。
でも、この摩訶不思議なゲームを探求するうちに、勝負というのはこういうことなのかなと、麻雀によって教えられた部分は非常に多いですね。
7歳の時に麻雀の世界に入りまして、未だにわからない部分も多いのですが、こと勝負ということに関しては、自分は向いていないけれど、麻雀を通して教わることができたかなと思っています。なぜ向いていないかというと、勝負に対する心持ちを保つことができないからです。闘争心はあるのですが、勝負ということに関しては、たぶん向いていないと思っています。
──それでは、この辺で対談を終わりにさせていただきたいと思います。長時間、ありがとうございました。
(聞き手 麻雀界編集長・高橋常行)
目次
プロフィール
土田浩翔
1959年生まれ、大阪府出身。
最高位戦日本プロ麻雀協会所属。
鳳凰位、王位、最強位、十段位、プログランプリなど獲得タイトル多数。
独自の戦法土田システムを操り、「トイツの貴公子」の異名を取る。
森内俊之
1970年生まれ、神奈川県出身。
日本将棋連盟第69期名人。
名人位8期在位のほか、竜王、棋王などのタイトルも獲得。
「鋼鉄の受け」と呼ばれる強靱な受けに絶対の自信を持ち、順位戦では驚異的な勝率を誇る。
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