都美にとって、3回戦は我慢の半荘だった。東3局、2600オールをツモってトップ目に立った水谷が、次局にこの發・ホンイツ・トイトイ、4100オールを和了。決して好配牌ではなかったが、ポンから進行した脱帽ものの最終形だった。
こうして水谷が大きく抜け出した中で迎えた東4局1本場、まずは樋口から待ちのリーチが入る。ドラのでアガればタンヤオもつき、破壊力十分だ。
この早いリーチを受けた都美は安牌がゼロ。自己都合で手を進める切りで放銃かと思われたが――。
なんと迷うことなくのトイツ落としを敢行。も無筋だ。なぜ? なぜ当たり牌をビタ止めして、を選択できるの? 驚愕のスーパープレーに興奮していたのは、僕だけではなかった。
「都美ちゃんにとって、あの局は攻めたい局だったと思うんですよ。あそこからを切る打ち手は多いでしょう。だけど都美ちゃんは、極限まで放銃を先延ばしにすることを考えた。僕自身、すごく勉強になりました。結果的にが当たり牌だったから注目されたけれど、が当たりじゃなくても脚光を浴びるべきと思った一局です」
河野のテンションメーターを振り切らせた張本人は、淡々とこの一局の解説をした。
「とにかく安牌がないあの状況で、2巡しのげるのは大きい。2巡の安全という意識は、他の局面でも大事にしています。それに、あの形からとかを持ってきたりしたら、どうせを切ることになるので。たしかにがアンコになる可能性もありますけど、ほとんどのケースで切るなら、あそこでトイツ落としをしようと考えました」
都美は若干のリスクと引き換えに、2巡の安全を手に入れた。麻雀は1巡ごとに局面が変わるゲームだ。局面が変われば判断が変わる。その2巡で仕入れた情報を駆使して、ベストな判断を下していく。都美という打ち手の底の深さを、このトイツ落としに垣間見た思いがした。
ちなみにその後はというと、トイツ落としをしている最中にが現物となり――
そうこうしているうちに親の塚田からもリーチが入る。親を含めた2軒リーチ相手ではさすがに分が悪いと見て、都美は躊躇なく撤退を開始した。
そして塚田がリーチ・ツモ・ピンフ・ドラ1の2600は2700オールをツモって決着。樋口のリーチは裏ドラが乗っていなかったため、樋口にで放銃していた方が少ない失点で済んでいたというのは、なんとも皮肉な話だ。しかし、その一方でラス目の樋口とは点差が縮まるどころか、リーチ棒1本分開く結果となっている。やはり都美は大崩れしそうにない。
3回戦は3着でフィニッシュ。恵まれない展開ではあったが、都美以外の打ち手があの席に座っていたとしたら、ラスを引いてもおかしくないように感じた。
ここまでは、都美の守備面を中心にピックアップしてきた。しかし、麻雀は守るだけでは勝てるゲームではない。最終4回戦では、彼女の攻撃面にもスポットを当てよう。
東4局、ドラは。親番の都美の配牌は、赤含みのメンツが1つ。567の三色もほのかに見えるが、好配牌というほどでもない。
一方、西家の樋口はドラが2枚で2メンツが完成している。ソーズに染まりきろうものなら、倍満まで見えるすさまじい配牌をもらっていた。
また、北家の水谷にはマンズが押し寄せていた。予想通り、ピンズが場に安くなる展開で局が進行していく。
終盤、都美が待望のテンパイを果たす。だがソーズの染め手濃厚の樋口がいる中で、カンは決して良い待ちとは言えない。
この時、樋口はチンイツ・ドラ2の単騎待ち。
水谷は手がなかなか進まず、ほぼ撤退模様となっていた。
そんななか、都美はリーチに踏み切った。赤とドラが1枚ずつある親リーチであれば、リスクに見合うと判断したのだろう。
結果はを掘り当て、4000オールのツモ。値千金のアガリをものにした。
続く東4局1本場、都美は軽快に先制リーチをかける。リーチ・ピンフ・赤1の 待ち。自身の目からが全て見えている絶好の待ちだ。
都美が一歩抜け出すために果敢に塚田が追いかけリーチで応戦したが――
軍配は都美に上がった。雀頭のが裏ドラとなり、12300点の出アガリ。少なくとも連対濃厚と言っていいほどのリードを手にした。
などと思っていた次局、ここまでトップ1回、ラス2回と苦しい結果が続く樋口が、一撃必殺の大物手に照準を定めた。この配牌から――
3巡後にが1枚ずつ。トータルポイントも厳しくなってきた。ならば、大物手成就の可能性を潰すわけにはいかない。
を鳴き――
を重ねて鳴くことができた。トイツのを落とし、これで役満・小四喜の1シャンテン。もも山に眠っている。
そのトイツ落としを終えた直後、待ちでテンパイしている都美がをツモ切った。臆すことなく淡々と。ポーカーフェイスのシンデレラは、まるで安牌のようなそぶりでを河に置いたのだ。
「もちろん小四喜の可能性があることは、わかっていました。2枚目のの手出しを見て、今ならギリギリ切れるという判断でを押しました」
仮にテンパイからを2枚とも手出ししていたとして、2枚連続で有効牌を引いていない限りは放銃することはない。をポンされてテンパイを入れさせてしまうリスクはあるが、アガリに向かうならばこのタイミング以外は切れない牌だ。一度でも樋口に手出しが入ったなら、さすがにを抱えて撤退するほかない。それに、先に自分がアガればいいのだ。麻雀において、守備とはただベタ降りすることだけを指す言葉ではない。相手の大物手を潰すためにアガりきることも、守備の一環なのである。
だが、都美の当たり牌であるは、塚田がごっそりと抱え込んでいた。2枚目のをツモ切らなかった塚田の胆力が、この局の決着を長引かせる。そして――
樋口が待望の小四喜テンパイを果たす! が、これは彼女の最終ツモ番だった。残り1枚のは、王牌に眠っていた……。
その後は都美のトップを脅かすような局面はなく、危なげなく2回目のトップを守り切った。
トータルポイントでも2着に浮上。非常に混戦模様ではあるが、最終節を前に準決勝進出圏内に入れたことは大きい。
1位から5位までが半荘1回でガラッと入れ替わるほどの団子状態。しかし、リードを手にしたこの状況は、都美の守備が光る局面だ。雑にならず、ポーカーフェイスで淡々と正着打を選び続ける。そうやって、颯爽と予選を通過する姿が、この日の都美からは容易に想像できた。
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