- 『ネマタの麻雀徒然草』は、麻雀戦術サイト「現代麻雀技術論」の著者・ネマタさんによる「麻雀に関する話題を徒然なるままに書き連ねていく」コラムです。
前回の続き。アガリに関する制限で、誤解から広まったルール。お気づきの方も多いかもしれませんが、完全先付け、いわゆる「完先」と呼ばれるルールです。
第1回で申しましたように、現行のリーチ麻雀のベースとなっているのは「報知ルール」です。一翻縛りもその時に定められたものです。
リーチを巡る攻防こそが面白く、競技性も高まると考えられたのがリーチを採用することになった経緯なので、一翻縛りが採用されたのもリーチの出現率を高めるためと思われます。
ところがこの一翻縛りを説明する際に「役が確定していなければならない」という表現がされました。完先ルールが実在する現在の視点から見れば、「役が確定していないとアガれないのだから、テンパイ時に役有りが不確定の場合はアガれない、つまり後付け無し」のようにも解釈できます。
しかし、報知ルールが広まる以前は、リーチが無く、役が無くてもアガれるというルールが主流で、完先に相当するルールはそもそも存在していませんでした。確定といっても、(役無しでもアガれるというルールに対して)、決まった役が無ければアガれないルールであるということです。存在していないものを想定することは難しいので、誤解が起こるとは思われなかったのでしょう。
「テンパイ時に役有りが確定していないとアガれない」だけなら、単に後付けの形ではアガれないだけで、テンパイ以前の段階で役有りが確定しない鳴きを入れ、その後役有り確定の鳴きを入れる。いわゆる「中付け」は制限されませんが、完先の場合はこれも認められません。
「後付け無し」からどのようにして「完全先付け」になったのかは分かりませんが、ルールの変化の経緯が、前回のUNOにおける、「数札以外のアガリ禁止」ルールが、「数札以外が最後の1枚になること自体を禁止」ルールに変わったのと非常によく似ています。
世の中には「禁止されている行為」は悪いことだから、「禁止されている行為をし得る状態」も悪いことだから禁止すべきという論理の飛躍を起こす人は少なくありません。完先はそのような人達が、ルールの必要性を理解せずに後から付け足した結果生まれた産物であるような気がします。
しかしここまで極端でなくても、アリアリルールであっても片アガリ形のテンパイを入れることに抵抗がある人は少なくありません。私自身が以前はそうでしたし、簡単にアガれる方を引き上がってしまう打ち手がいると、何かずるいという気持ちになったものです。後付け禁止の由来は、ルールの誤解だけでなく、何となくずるいという感情的な理由も含まれていたのかもしれません。
ルールを誤解した挙句、論理の飛躍からルールを付けたしたうえにそのルールを強制する人を毛嫌いしていましたが、そのゲームに出会うまでの環境が違えば、私もそのような立場にあったかもしれませんね。