ディフェンディング王者、山本ひかるの戦線離脱――。新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う緊急事態宣言の影響で、今年度の麻雀ウォッチ シンデレラリーグのスケジュールは、大幅な変更を余儀なくされた。その影響で女優業の撮影日程との調整が不可能になり、プレーオフ3rd出場権を手にしていた彼女は、無念の出場辞退をすることとなった。
無敗のまま舞踏会を去らざるを得なかったシンデレラ。その席が空いたことで、このプレーオフ2ndは上位3名が通過できるという変則システムになった。単純計算であれば通過率が50%から75%になっているわけだが、だからといって楽な戦いになるといったわけではなさそうだ。戦前、個人的にはそんな感想を抱いていた。
通常のプレーオフのシステムであれば道中で上位2名vs下位2名という構図が成り立つケースが増えるが、このシステムだと上位3名vs下位1名というパターンが増えるため、より包囲網が敷かれやすい。この日の対局者は、いずれも予選の戦いで様々な引き出しを見せた猛者ばかり。ひとたび包囲網が敷かれたならば、それを突破するのは相当難儀だろう。そんな曲者ばかりが集ったこのステージで、とくに異彩を放っていると個人的に感じていたのが――
「常勝ドリーマー」松井夢実だ。所属する最高位戦日本プロ麻雀協会では、史上初の女性新人王に輝いた。今年に入ってまだプロ歴2年だという松井だが、その麻雀歴は12年を数え、新人離れした巧みな選択を随所で披露している。あの多井隆晴をして「松井さんは、いつも勝ってる」と言わしめるほど順風満帆な競技生活を送り、彼女の実力を評価する声は方々から聞こえてくるほどだ。今回の対局者の中では最もプロ歴が短い松井だが、この変則ルールでどのような戦いを見せるのか。彼女のテクニカルな選択に酔いしれてみたいと、期待に胸を弾ませていた。
この日の1回戦は、とにかく高打点の応酬が数多く見られた。先制パンチは涼宮。東1局、まずはドラ2、赤2のこの手をツモりアガって3000-6000を成就させた。
東2局には、松井がとんでもない大物手のテンパイを入れた。をアンカンして、をポン。倍満確定の手に仕上がったが――
涼宮がメンタン・一発・ドラ3を梅村から直撃! 12000の加点に成功する。
次局、今度は塚田が3100-6100を和了。涼宮に親かぶりをさせ、トップ戦線に食い込んだ。
そして塚田の親番となった東4局、この4000オールでトップ目が交代。塚田が単独首位に躍り出た。かくして――
南2局には、松井と梅村ともに箱下寸前にまで追いやられていた。さらに上位陣の魔の手が伸びる。ドラ2・赤1の涼宮が、をポン! 満貫濃厚の仕掛けが入った。
上位3名勝ち抜けなのだから、まだ決して焦る状況ではない。しかし松井としては、ここでラスを引くことは避けたいという局面だ。やや苦しい手格好ではあるが、ネックになり得る自風のをポン。涼宮に速度を合わせに行く。
松井が捨てたに、涼宮が声をかける。リャンメンチーが入り、他家への圧力も十分。これで1シャンテンに。
直後、塚田の切ったを松井がポン! マンズを払ってピンズへと寄せていく。
が、ここで裏目の引き! 最初はシンプルに打点を追った松井だが、ここではフリテンのリャンメンターツを残してを切り飛ばした。最優先事項は危険な香り漂う涼宮を封じ、この局を消化させること。できれば梅村との点差を広げたかったところではあるが、余計な損失をこうむるのもごめんだ。フリテンターツなら塚田から鳴きやすいという狙いもあっただろう。
涼宮の受けが、ぐっと広がった! もう時間はあまり残されていなそうだ。
が、ここで松井が先制テンパイを果たした。奇しくもフリテン待ちとなってしまったが、うっかりツモれれば儲けもの。堤防決壊ギリギリまでこのテンパイはキープしそうだ。
直後、現状松井と着争いをしている梅村にもテンパイが入った。タンヤオ・赤1で、涼宮の中スジであるカン待ちだ。
松井もフリテン解消となるカン待ちで追いすがる!
松井がを手出ししたタイミングで、梅村はツモ切りリーチを敢行! ライバルの足止めを狙ったか。
が、ここは松井が勝利! ・ドラ1、値千金の700-1300をアガり――
1回戦はどうにか3着に踏み留まった。
2戦目は初戦とは打って変わって、緊迫したつばぜり合いのような展開が続いた。その均衡を破ったのは、涼宮だった。ダブ東・ホンイツ、電光石火の12600を梅村からアガり、他家を突き放した。
迎えたオーラス、松井は満貫をツモればトップでこの半荘を終えられるが、塚田ともわずか3500点差。「が出たら、当然のように鳴いていました」と松井本人も振り返っているように、この手を満貫に仕上げるには少々時間を要しそうだし、ここは2着キープが最低条件といったところだろう。
が、これがうまく門前で仕上がった! 高めイーペーコーではあるが、これが満貫となると一発や裏など、もう一段のハードルを越えなければならないが――
そのハードルを易々と飛び越えた! を一発でツモり、会心の逆転トップを飾ってみせた。
この一撃で、松井もプラスポイントに浮上。一方、梅村が2ラスを引いたことで戦線から大きく離脱。彼女だけが沈んでいるこの展開は、僕が戦前に予想していた包囲網が敷かれやすい状況だ。一点だけ「懸念材料」があるが、ほぼそれも杞憂に終わるだろう……。
3回戦の起家は梅村だ。3者の共通見解は、この局を無事に終わらせること。必然、他家への警戒は緩くなる。松井はをリャンメンチーし、チャンタ・三色・ドラ1のシャンテンに。通常ならば役牌や端牌はケアされやすい仕掛けだが、この局面ならアシストにも期待できそうだ。
だが松井の上家の涼宮は、アシストに回るような手でもなかった。ピンフ・赤・ドラを手堅くヤミテンに構える。普段なら満貫を確定させたくなるようなこの手をヤミテンにしたのも、現状が生んだものだろう。
アシストこそ生まれなかったものの、松井はを引き入れてテンパイへとたどり着いた。どちらかがアガれば、この局の目標は完遂される。だが――
「リーチ」
ここで3者を足止めさせる魔法の言葉が轟いた! 梅村のメンタン・赤、7700確定のリーチだ。だが――
ここで涼宮が勝負をかけた! A級危険牌のをツモ切り、追いかけリーチに踏み切ったのだ。
「先々にリスクを負え」というのは、涼宮が所属する日本プロ麻雀協会の鈴木たろうや木原浩一が実践しているスタイルだ。まだ東1局で、涼宮はトータルポイント的に松井よりもやや余裕がある。その余裕が生んだコインをここでベットして、梅村からの直撃を狙おうという算段だ。
一方の松井はというと、現状のポジションがボーダーということもあり、梅村にだけは放銃したくない。故にここではテンパイを崩さざるを得なかった。
そう、これが「懸念材料」だ。上位3人のポイントは拮抗しており、梅村がトップになった場合、この3回戦でラスになったプレイヤーが最終戦で標的になる可能性が増える。それを避けたいという思考が枷となって、ほんのわずかではあるが包囲網に隙が生じてしまうのだ。
だが、まだ決壊はしていない。この難局を凌げばいいのだ。残り巡目もわずかになってきたところで、松井がテンパイ復活を果たした。だがは無筋。そこで彼女は――
暗カンを選択! この暗カン、あまりにメリットが多すぎる。
まずはうっかりリンシャンでツモるケース。当然これが一番うれしい。次にリンシャンが安全牌で、このままリスクを負わずにテンパイ料をゲットできるパターン。残念ながらここでは無筋のを持ってきたために撤退せざるを得なかったが、それでもまだまだ利点があるのだ。
「梅村さんが放銃するのも、涼宮さんが放銃するのも、涼宮さんがツモするのも、どのケースでも打点がより高くなった方が私としては楽になる。なので、ここはカンした方がいいといいなって」
梅村が大きく失点すれば、この後の戦いは俄然楽になる。また涼宮が梅村に放銃した場合も、現状ボーダーの自分よりも、涼宮がターゲットになりやすい。松井はやはり、新人らしからぬ合理的な引き出しを数多く持ち合わせている! そのうちの一つを、ここで効果的に使ってみせた。
だが、この選択にもデメリットが一つだけある。それは――
梅村がツモった場合だ! 裏ドラが2枚乗り、6000オールが早々に炸裂。この一撃で包囲網は瓦解し――
あとは誰がラスを引かないかゲームへと突入する! 東2局、涼宮は親番で塚田から5800は6400、さらに4000は4300オールと立て続けにアガり、大きく浮上する。トップ目まで見えてきたが――
ここで梅村が再び突き放す! ・ドラ3の手を強気にリーチし、3500-6500に仕上げてみせた。
こうして非常に縦長の展開となった3回戦。ラス親の松井はカンをチーして、バックを目指していく。
するとここで、ラス目の塚田からチートイのドラ待ちリーチが入った。プレイヤー視点、この状況の塚田のリーチが安いとは考えにくい。そして――
これをツモ! 3000-6000が炸裂したことにより――
まさかの松井がラス目に! 梅村が特大トップを取ったことで、アドバンテージは完全消失。それどころかトータルラス目にまで転落してしまった。
「トータルラス目にはなってしまったけど、最終戦で梅村さんより上になるか、塚田さんとのポイント状況を意識すればなんとかなると考えていました」
そう、まだ悲観するような状況ではない。全ては最終戦次第だ。残る1戦で掲げたミッションを完遂すればいいのだ――
東3局、塚田がややリードといった状況で、親の松井が先制リーチを入れた。カン待ちかカン待ちかの選択ができたが、しっかり山に3枚残っている待ちにできているところが心憎い。
そんな松井に、満貫確定リーチの涼宮が襲いかかる!
「8000」
涼宮が申告した瞬間、いつも淡々とした松井の表情が初めて曇ったように見えた。絞り出すように発した彼女の「はい」という声が、この放銃の深刻さをさらに痛感させた。
南入してからも、他家の攻勢は止まらない。まずは涼宮にペンの純チャンテンパイが入る。
さらに梅村にもイーペーコーのペン待ちでテンパイが入った。松井がどんどん劣勢に追いやられていく。
が、ここで起死回生のテンパイ! 確定三色のカン待ちで、他家へプレッシャーをかけていく。
こうなると、愚形テンパイで押し切ることは難しい。梅村はテンパイを崩さざるを得なかったが――
涼宮が危険牌をつかむ前にをツモ! 松井の会心の一手は、むなしく空を切ることとなった……。そして松井の最後の親番。実質的なラストチャンスで――
この神配牌が訪れた! いきなりの1シャンテンで、雀頭が確定してしまえば盤石の形だ。これが4000オールにでも仕上がれば、通過が一気に現実的になる。
が、これがなかなか張らない。そうこうしているうちに涼宮がをポンして1シャンテンに。
梅村もをチーして、前に出る。役牌ダブルバックのこの形は、いつ松井に追いついてもおかしくない。
狙い通り、あっさりとをポンして1シャンテンに。
そしてカンを引き入れ、絶好のシャンポンテンパイを果たしてみせた。
涼宮も張った! カン待ちで、松井の親を蹴りにいく。あれだけの好配牌だった松井が、逆に追い詰められる形となってしまった。
だが、松井も負けてはいられない! 終盤になって、ようやくテンパイだ。「お願いだから、もう止まってください」と言わんばかりに、待ちでリーチを宣言したが――
直後に梅村がダブをツモ! リーチ棒が出た直後に満貫の親かぶりをするという、松井にとってこの上なく最悪の展開だった。
最後の親番を失い、松井に課せられたのは涼宮以外からの三倍満直撃か、ツモ条件。だがラス親の梅村もよほどの手でもない限り、ここで連荘をする理由がない。次はほぼ間違いなく最終局だ。「常勝ドリーマー」に土がつく瞬間を見届けよう。そんな思いで最終局の行方を追った。
役満より出現頻度が低いと言われる三倍満を狙うくらいならば、四暗刻や国士無双が狙えそうな手牌が来てほしいところ。肝心の松井の手は、がアンコになっているものの、むろん簡単に四暗刻が狙えるわけでもない。それでも国士の目も消さず、マンズのチンイツを絡めた三倍満などの可能性を視野に入れ、から切り出していく。
涼宮と塚田からしてみれば、アガれそうなら軽くアガって終局させたいところ。さらっと塚田がヤミテンを入れ、終焉の時が刻一刻と迫って来た。あぁ、ついに決着か。誰もがそう思っていたはずだ。
松井以外は!
13巡目、渾身の引きで松井がメンチンのテンパイを果たした。の3メンチャンで、リーチをしてツモならばメンピンツモ・イーペーコー・赤のチンイツで、三倍満条件をクリアできる。はピンフがつかないので一発・裏などの偶然役が必要になるが、当然それもアガるだろう。
待ちを、ポイント状況を確認し、ふーっと一つ息を吐いた松井。ほぼ目無しと思えた状況にいた松井の小考は、他家にとって脅威でしかなかっただろう。「まさか、条件ができたのか?」という考えが全員によぎったはずだ。
そして、逆転をかけたリーチが放たれた! デビューから1年が経過し、いつだって結果を残してきた「常勝ドリーマー」の、夢を叶えるための一打が!
松井のリーチに、梅村が目を見張る。それはそうだ。これが結実したならば、ほぼ間違いなく自分が敗退するのだから。
松井のアガリ牌は、が1枚ずつ残っている。それが松井のもとへやってくれば、問答無用で奇跡の逆転だ。
そのうちの1枚が、涼宮のもとへ来てしまった! 残るは1枚!
そして松井の最後のツモ番を前に、またしても涼宮のもとへマンズが訪れた。何萬だ、何萬なんだ……!?
だ!! これをもって――
松井の舞踏会は終わりを迎えた――。
「私、どうでしたか?」
全ての戦いを終えた松井にシンデレラリーグの感想を求めると、そんな言葉が返ってきた。持てる技術を総動員し、精根尽き果てたといった表情の彼女にかける言葉なんて、これしか思い浮かばなかった。
「とんでもない人が現れたなって、思いましたよ」
そう感じたのは、きっと僕だけではない。最終戦オーラスで条件を整えた瞬間、松井の舞踏会の続きを見たいと願った人は数多くいたことだろう。残念ながら今年度のシンデレラリーグ制覇の夢は潰えてしまったけれど、敗れてなお今後の躍進に期待せざるを得なかった。
いまだ道半ばにして、夢半ば。松井が目指す「常勝」は、夢物語で終わらない――。
関連リンク
麻雀ウォッチ シンデレラリーグ2020プレーオフ2nd