バルクアップ。筋力トレーニングなどで筋肉に負荷を与え、筋肉の大きさ(筋量)を増加させることを指すトレーニング用語だ。日本プロ麻雀協会の水谷葵は、その容姿とは不釣り合いな「バルクアップリーチ」なるキャッチフレーズを引っ提げて、初戦に臨んだ。
東京大学大学院卒の才女で、昨年のシンデレラリーグでは準優勝。さらに特筆すべきは……。
この筋肉美! とくにジムに通っているわけではなく、自宅での自重トレーニングだけで鍛え上げているらしい。「継続は力なり」を地でいく成果を、カメラの前で見せてくれた。それで「バルクアップリーチ」というわけである。字面通りに受け止めると、自慢の剛腕でリーチ宣言牌を卓に叩きつけそうな想像をしてしまうが、これはあくまでキャッチフレーズ。あおいたんは、そんなマナ悪行為はいたしません。
それにしても、どうして水谷はトレーニングを日課としているのだろうか? その理由が、じつに興味深い。
「男の人に負けたくなくって。女だからって、ナメられたくないんです。放送対局の後に『これだから女流は』とか『こんな牌も止められないのか』とか言われることが多くて、それがものすごく悔しくて。『女でも強い人がいっぱいいるんだぞ』って証明したいんです」
思うに、水谷は極度の負けず嫌いなのだろう。負けず嫌いだから知識を磨いて勉学に励み、トレーニングで健康的な体に仕上げた。「ナメられない自分」に一歩でも近づくために、彼女は努力を怠らない。
そしてそれは、麻雀も例外ではない。昨年のシンデレラリーグでは、あと一歩で頂点に手が届かなかった。だが、それを悔やむ間もなくオンライン対戦麻雀「天鳳」で赤ありルールに対応する練習を始めたという。奇しくも、水谷が出場する予選Bブロックには、ディフェンディング王者の中山百合子も名を連ねている。初戦から直接対決とはならなかったが、1年前の自分とは違う姿を見せつけるには十分すぎるほどのお膳立てが整っていた。
1回戦南3局1本場、水谷に大きな見せ場が訪れる。東場に都美と木村がそれぞれ親番で連荘。非常に縦長の点数状況で、チャンス手が訪れる。
赤1ドラ2の1シャンテン。ここで水谷は小考する。
「基本は最短でテンパイ、最低でも2着に食い込むことを考えてはいましたけど、跳満の手を作ることを意識していました」
ここで跳満をツモると、オーラスは満貫ツモ条件でトップを狙える位置につける。広く受けるには切りだが、引きでテンパイを取ると、ドラのが出ていってしまう。親番のない松田とは41000点離れており、着落ちする可能性はかなり低い。いっそのこと、三暗刻でも狙うのかもしれない。そんな予想を立てていたが、水谷はまっすぐに進む切りを選択。これでもの暗刻や、引きからの345の三色といった跳満へのルートが残る。そして何より、シンデレラリーグは赤ありルール。
この引きがある! リーチ赤2ドラ1なら十分と、意気揚々とバルクアップリーチをかける。
道中にのカンを挟み……。
ツモ! 裏ドラを1枚乗せ、目論見通りの3100-6100のアガリを手にした。
続いてオーラス。こうなったら、満貫をツモってトップまで駆け上がりたい。
その水谷は、この配牌。本線は發・ホンイツ。引きや、もう1枚役牌が重なれば、鳴いても満貫に仕上げられる。また、ドラがなため、はすぐには手放さない。ということで打。
3巡目、が暗刻に。とは1枚切れだが、鳴いて満貫のコースも残す。ここでをリリース。その後もをツモり、を重ね、着々と満貫が見える手が育っていく。
9巡目、親の木村がリーチをかける。トップ目の都美との点差は、わずかに800点。タンヤオ・ドラ1をアガるだけでは、次局にもう一頑張りしなければならない。リーチの判断は、決して悪くなかったように思う。だがリーチ棒を出すということは――。
水谷にとってはビッグチャンスの到来だ。トップ目の都美との差は8500点。リーチ棒が出たことにより、満貫の出アガリに条件が緩和された。引きで1シャンテンに。
さらに木村がツモ切ったをポン! 發・中・ホンイツの満貫をテンパイし――
直後に木村が当たり牌のをつかんだ!
トップと27900点、2着と24100点も離れていた差を、たった2局でひっくり返してしまった。ここまで鮮やかな逆転劇は、そうそう見られるものではない。さすが準シンデレラ。ナイスバルクである。
続く2回戦も、オーラスに水谷が輝いた。
さて、ここで問題。点棒状況は水谷27000点、都美25500点、木村25200点、松田22300点。非常に僅差だが、アガリトップ条件の1シャンテンで以下の牌姿だ。最も受け入れ枚数が多いのは? シンキングタイムは5秒。
正解は打。打はの3種11枚、打はの3種10枚(が1枚切られているため)。打は、 の3種13枚となり、の分だけ現状より受け入れが増えることとなる。頭を悩ませる人も多そうなこの牌姿から、水谷は見事に5秒以内に正解を選び抜く。
9巡目、「正解のご褒美だよ」と言わんばかりの引き。ピンフ・イーペーコーのテンパイを入れた。
都美、木村、松田もテンパイをし、さぁめくり合いのベタ足インファイトだ!
競り勝ったのは水谷。バルクの差かはわからないが、接近戦には滅法強い。木村のをとらえ、3900点をアガってトップ目を死守した。
見事な連勝で、水谷はトータルポイントで大きなリードを手にした。なお、木村と松田は2回戦で同着だったために順位点分け(▲15.0p)となっている。
雪辱を晴らすために準備を重ねてきたと豪語するだけはある。水谷に死角はないように思われた。が、ここで意外な伏兵が登場する。