前回は様々なルールで遊ばれている不完全情報ゲームの一つとして「大富豪」を取り上げましたが、今回は私の名前の元ネタでもあるTCGの元祖、MTGのフォーマットについて。TCGと呼ばれるカードゲームがトランプのようなカードゲームと異なるのは、使用するカードを自分で決めてデッキ(山札)を作ることができるということ。フォーマットとはデッキを作る際の取り決めです。根本となるルールはどのフォーマットでも同じですが、「カードはルールに勝つ」という言葉で説明される通り、使われるカードがルールを書き換えているようなものですから、フォーマットが変わり使われるカードが変わればゲーム展開も全く変わります。
しかもカードは定期的に新しく追加されるのですから、根本のルールが変わらないと言っても、環境は常に変化します。言うなれば日々ルールが変わるゲームをプレーしているようなもの。まさに環境が変われば「別ゲー」になるのです。
しかし、MTGのプロプレイヤー、プロ以外の愛好家の中で、「◯◯は別ゲー」という話はあまり聞きません。何故なら、「別ゲー」なのが当たり前過ぎて、わざわざ言及する必要性がないためです。逆に言えば麻雀界で「別ゲー」という言葉をよく聞くのは、あえて「別ゲー」と言及する必要性があると発話者が感じる程度には、ルールの違いがさほど重要でないとも言えます。
年月が経てば環境が変わることが前提のゲームなので、「別ゲー」になることを許容できるプレイヤーが多い、許容できないとしても別のフォーマットで遊べばよく、別のフォーマットのプレイヤー同士とも棲み分けしやすい(利害が対立しない)というのもありそうです。第5話で申しましたように、「公式」が存在し、その存在を、日常的にゲームを遊んでいるユーザーであれば誰しもが認知している故の強みと言えます。
そのことを踏まえると、同じゲームの愛好家のはずなのに、「不完全情報ゲーム」の範疇としてはさほど重要でないと思われるルールの違いから対立が起こり、日々争いが絶えないのも麻雀界くらいかもしれません。麻雀以外の不完全情報ゲームに興じている人のコミュニティを見て、正直羨ましいと思う事も多々あります。
しかし、不完全情報ゲームとして日本で最も普及したゲームが麻雀であるというのも紛れもない事実です。麻雀を日本で広める動きが無ければ、そもそも不確定情報ゲームに興味を見出すことも無かった人にも受け入れられた結果が今の麻雀界であると思うと、恵まれ過ぎているが故の不満なのかもしれません。
個人、団体に関わらず、誰しも少なからず問題点を抱えているもので、問題点が完全に解決されるという話を聞くことはありません。「問題点を根本から解決しなければならない」とする動きはややもすれば極論に走りがちです。問題を解決するというよりは、「問題点が、どうしても解決しなければならない問題では無くなる」にはどうすればよいかを考えていければと思うことでした。