「筋」という日本語は、意味が多彩で、海外の方には説明しにくい言葉の一つですね。
「肉の筋切りをする」「彼の絵は筋がいい」「筋の通った話」「肩の筋が凝る」「駅に行く道筋」など、どれも意味が違います。新聞記事では、情報源をぼかす際などに「消息筋によると…」と書くこともあります。
ややマニアな分野では、鉄道のダイヤを「スジ」ということがあります。ダイヤを作る社員は「スジ屋」と呼びます。興味のある方は「鉄道 スジ」の2語で検索してみてください。一瞬で深い森のなかに入っていけることでしょう。
さて、麻雀を習い始めてすぐに出あうのも、この「スジ」という言葉です。
と と と と と と
のように、間に2つはさんだペアの数牌を指し、両面待ちではセットで待ちになります。
初心者の方は、「相手からリーチがかかってオリる時は、まずは現物(その人が切っている牌そのもの。「げんぶつ」と読みます)か、切っている牌のスジを切りましょう。スジを切ると、少なくとも両面待ちには当たらない(もし当たるならフリテンになるため)ので、他の牌よりは安全」と習うと思います。
これはとても大事な考え方で、この連載でも後日、守備編で改めて触れますが、今日は、この 「スジ」が手作りの際も重要、というテーマでお届けします。
主な場面は、配牌直後、まだ5ブロックが固まっていない、次のようなときです。
ツモ ドラ
ドラのは切らないとすると、切る候補は、、になりそうですね。
どれも孤立している端牌だから一緒では?と思いますが、差はあります。最も好ましいのはです。
なぜなら、スジのがあるからです。
を切った直後にかを引くと、ちょっと「しまった」と感じるはずです。もしを切っていなければ、のペンチャンターツかのカンチャンターツができていたからです。
を切っても同じで、次にかを引くと、ちょっと残念ですね。特にを引けば、のリャンカン形ができていました。リャンカン形は、受け入れが2種8枚(今回はと)あるので、序盤から中盤にかけてはまあまあ強い形です。
一方、を切ったあとにを引いたときはどうでしょうか。「しまった」とはならないですね。
を引けばという強いリャンメンターツができますし、を引くとのカンチャンターツができます。がいなくても、スジのがカバーしてくれるので、困らないのです。
いいかえると、の存在が、の価値を下げているわけです。
覚え方としては、「スジの牌がある孤立牌から先に切るのがよい」でOKです。があればが切りやすくなり、があればが切りやすくなります。
さらに、ここから応用した話を2点ご紹介します。
1つめは、「切る候補が複数あるときは、ロスが少ない方を選ぶ」という考え方です。
麻雀の本や放送対局の解説で、しばしば「ロス」という言葉が出てきます。これは上記で書いた「次に引いたらしまった、と思う牌」のことをいいます。
上の牌姿では、「を切るとがロスになり、を切るとがロスになるが、を切ってもはロスにならない。よって、最もロスが少ないを切る」という思考になります。
この考え方は、序盤からテンパイに至るまで、使うことができます。
劣勢で迎えた南場の親番、流局間近で、どうしてもテンパイをとりたい局面があったとします。打点や待ちの良さは考えず、テンパイする牌を1枚でも多くしたいですね。
いきなり難しい話になり恐縮ですが、例えば、次のようなイーシャンテンになったとします。
ここで、「1巡だけ、何も切らなくてよい券」を使えると仮定します。
このまま15枚目をツモって、テンパイすれば2枚一気に切るのです(本当にこういう券があれば最高ですね)。
15枚目にツモってテンパイする牌は、
~の5種と、~の8種、あわせて13種あります。
まず、この13種を基準にします。
そのうえで、実際には「何も切らなくてよい券」は使えないので、「何を切ったら、この13種のうちどの程度ロスするか」を考えるのです。
切る牌の候補を、としましょう。
を切ると、~の5種がロスします。
を切ると、との2種がロスします。
を切ると、ロスはだけです。
つまり、を切るのがもっともロスが少なく、テンパイの可能性が最も高くなります。正解は切りです。
…と書いても、初心者の方がすぐに理解するのは難しいと思いますので、わからなくても全くかまいません。
このような問題は、「テンパイチャンス」と呼ばれ、各プロ競技団体の入会試験でよく出題されますが、多くの受験者が苦戦するとされています。私もそうだったので、受験前は、先輩方に「テンパイチャンスは時間がかかるうえに、間違いやすいので、場合によっては全問解かなくてもよい。ただ、どんな試験でもそうだが、白紙で出すと必ず0点なので、何かしらは書くべき」とアドバイスされました。それぐらい、簡単ではない話なのです。
ただ上記の例でいうと、とは微差ですが、訓練すれば、を切るとロスが大きすぎることは、一瞬でわかるようになります。かをアタマとすれば、はくっつきテンパイの元になる牌、~の広い受け入れを支えるキー牌だからです。実戦で「だけは切らずにおこう」とすぐに判断できるだけでも、大きな意味があります。
ロスの数は、頭だけで考えていても難しいので、ノートに書き出したり、実際に牌を並べたりすることをおすすめします。手を動かして「これを切ると、○と▲の受け入れがなくなるのか…」「これがロスになるということは、この牌は元々どういう機能を持っていたのか?」と考えていくと、少しずつ身についていきます。
2つめは「攻撃のセオリーは、守備にも応用できる」という考え方です。
「スジの牌がある孤立牌から先に切るのがよい」というセオリーは、みんなが実践する基本なので、他家の河から情報を読み取るヒントになるのです。
例えば、
と切っている他家がいるとしましょう。
一見不要そうな字牌より先に、を切っているのは、強い意志を感じますね。「この人は、スジのを持っているから、はいらなかった可能性があるな」と想像できるのです。
そして、ここでリーチをかけられて、安全牌が1枚もないとします。もし自分がを持っていれば、それを切る一手があります。なぜなら、もともとを持っている人の手が、が最終的な待ちになる可能性は、普通よりは低いからです。
同様に、序盤にを切っている人は、を持っている可能性が普通より高く(その人にはは少し安全)、を切っている人は、を持っている可能性が普通より高くなります(が少し安全)。
また、さらに応用として、一打目や二打目に切られる数牌は、「山読み」の材料になります。
「山読み」とは、これからツモってくる牌山に、どの牌がどの程度残っているかを推測することです。
序盤にを切っている人は、を持っている可能性が少し高い。裏返せば、自分が今後をツモれる可能性は少し下がります。
同時に、序盤にを切る人は、とを持っている可能性が下がります。いきなりターツを崩すことは考えにくいためです。他家が持っていないのであれば、は牌山の中にあり、ツモれる期待が高くなります。
もし、2人の他家が最初からを切っていたとすれば、やは、わりと山の中にありそうだな、と推測できるのです。
「山読み」は、滝沢和典プロの「山読みを制する者は麻雀を制す」(マイナビ)という著書があるように、それだけで1冊の本ができるほど奥が深いので、いつか詳しく紹介したいと思います。
今回は難解な話も書きましたが、一つの基本セオリーを起点に、一般化をしたり、裏返して考えたりすることで、思考の幅が広がっていくことの楽しさをお伝えしたく、少し長くなりました。
どんな学問の分野でも仕事でもそうだと思いますが、ある一つの項目が独立していることは少なく、ほとんどの場合、なにか別の項目とつながっています。「この話は、あれに応用できるのではないか?」と、自分なりにつながりを発見できた時の喜びはひとしおです。麻雀の勉強も、その可能性に満ちあふれていると思います。
次回は、頻出する「リャンメンカンチャン」を考えます。