スティックバルーン賢
試合開始前、応援用に支給されたスティックバルーンを膨らませながら園田が言った。
園田「このバルーン、2個でワンセットなんだね。」
村上「そらそうでしょう。1個でどうやって使うのよ。」
園田という男はたまに抜けている。
園田「膨らませてから空気が出ていかないのもどうなってるの?」
監督「逆止弁てやつだね。入るけど出ていかない仕組みになってるの。」
これからの激闘を予感させないほど、実に和やかなムードで時間が進む。嵐の前の静けさというやつだろうか。そんな中、子供のような笑顔を弾けさせている男がいた。
たろう「楽しみすぎてヤバいよ。」
子供のような語彙力が、その言葉を嘘偽りのないものであると物語っている。
プレッシャーに押しつぶされそうだったレギュラーシーズンの最終盤とは打って変わって、ポジティブな気持ちで溢れている。最後尾からのスタートということが、むしろたろうの気持ちを後押ししているのだろう。
1/24回戦
開局、赤1のリャンメンテンパイにクラブハウスは沸いた。決して歓喜するような手牌ではない。出アガリで裏が乗らなければ2,600点の手牌だ。
しかし苦しかったレギュラーシーズンの終盤を思えば、先制のリャンメンリーチをかけられることの嬉しさを噛みしめずにはいられない。
流局して一人テンパイに終わったものの、久しぶりのMリーグにおじさん達は心が躍っていた。Mリーグロスをしていたのはサポーターだけではなかったようだ。
東3局3本場、再びクラブハウスが沸きあがる。しかし先ほどとは違い、今度はピンフドラ赤の勝負手。待ち牌の36mは山に6枚とあってさらに色めき立つおじさん達。
園田「裏が乗るか乗らないかが焦点だな。」
ツモって裏ドラが乗ればハネマン。おじさん達の興味は既にアガリの先にあった。
村上「うぉーーー!!」
おじさん特有の地鳴りのような歓声が上がる。
監督「サボり気味だったハネマンおじさんが、やっと仕事してくれたよ。あいつ、全然顔出してくれないから。」
監督もご満悦の様子。
トップの高宮選手を追走して迎えた南2局の親番。
かのどちらかを切れば最も広いイーシャンテンになる。は2筋にかかる危険牌である上に、ドラ表示牌でもある。安全度を考慮すると打としたいところ。しかしたろうは打として危険なドラ表示牌を残した。
たろう「がフリテンだからさ。切っちゃうとツモに対応できないでしょ。」
ツモ 打
の形となりのフリテンを解消できる。
たろう「赤引くかもしれないし、イーペーコーが付くかもしれないし。ドラ表示牌を引っ張るのは怖いけど、を逃す方がもっと怖いよね。」
実戦ではすぐにツモでフリテンのリーチとなったが、たろうの欲張りな技術は、あらゆるところに散りばめられている。
ツモれず流局となったものの、テンパイ料で高宮選手をまくりトップに立つ。
南4局、アガればトップのテンパイが入る。基本は北を切ってのダマテンに構えたいところ。しかし、が既に3枚見えてしまっている。
たろう「リーチ棒を出すリスクがほとんどないからね。自分の目からが3枚見えていて使いにくいの方が待ち頃かな。」
山に3枚残りのをツモって勝負あり。ファイナルシリーズの開幕戦を華々しいトップで飾った。
2/24回戦
たろう連闘の予定だったが、1回戦目が2時間を超えるロングゲームだったため疲労を考慮して村上が出陣。
村上は実に1ヶ月ぶりのMリーグの舞台。
溜まっていた鬱憤を晴らすかのように東3局、東4局と連続でハネマンのツモアガリ。
たろうに続いての2連勝。首位の風林火山へ一気に迫る。
3/24回戦
十分に休息を取ったたろうが再び3戦目のフィールドへ。
トップ目で迎えた南3局、3巡目にイーシャンテンの手牌。が埋まってとのシャンポンリーチで瞬間決着。誰もがその未来を予想していたが、たろうは違った。
たろうはここから打としてリャンシャンテンに戻した。
たろう「とのシャンポンリーチは早い巡目ならば強いけど、長くもつれると弱い。この巡目ならば役アリのテンパイを目指して、手牌を組みなおす方が柔軟だし安定する。」
たろうは常に”トップ目でオーラスを迎える”ことの重要性を強く説いている。自分のアガリ以外でもトップが決まる可能性があるからだ。そのためにはリーチ棒を出したり、無暗に放銃のリスクを上げるような手組の構想は避けるべき。これがたろうの主張だ。
次巡、を引き入れ狙い通り役アリのイーシャンテンに。しかしたろうはここでも一見不要なを残し、安全度の高い東を河に並べた。
たろう「456の三色になるかもしれないからね(笑)そうすればダマテンでもトップを決定付けるようなアガリになる。それとのってリャンメンだけどあんまりいい待ちじゃないから。今回はがドラだし。」
すぐにテンパイしたので、またしても残しの強欲な手順が日の目を見ることはなかった。しかし、たろうはこうした細かい手順を絶対に怠らない。常にいくつもの可能性を撒き続け、何十回に1回というペースで花開く。それがゼウスの選択として世に放たれる。麻雀とは、そういう積み重ねによるゲームであり、奇跡の手順は起きるべくして起きている。
先ほどの手牌をアガり、狙い通りトップ目で迎えた南4局。
アガればトップという待ちのテンパイを入れていたが、ラス親の佐々木選手からリーチを受ける。たろうは手牌からを抜いて松本選手に差し込み。
たろう「実はマツ(松本吉弘選手)にをポンされた時点で、差し込もうと思ってたんだよね。→っていう順番で切れば大体当たりそうだなって。でもその同巡に自分もテンパイしちゃったもんだから。マツがノーテンかもしれないのに、テンパイ崩して差し込むのも馬鹿らしいなって。」
オーラスをトップ目で迎えることの効能が非常によく活きた。この展開は起こるべくして起こったというわけだ。
最下位からのスタートだったものの、終わってみれば3連勝で首位返り咲き。
4〜6/24回戦
3月3日(日)の試合も3着-2着-2着と安定した成績を収め、首位で第一週目を終えた。
スティックバルーンの逆止弁みたいに、ポイントも入るだけで出ていかなければいいのに。
そんな勝手を思い、この日も気持ち高々と酒場へ足を運ぶおじさん達なのであった。