サプライズ指名。
そして見る者を驚かせた衝撃のデビュー戦。
今回は丸山奏子プロの軌跡を紹介したいと思います。
◆丸山奏子(まるやまかなこ)
◆生年月日:1993年8月17日(26歳)
◆出身地:北海道旭川市
◆血液型:A型
◆所属チーム:赤坂ドリブンズ
◆所属プロ団体:最高位戦日本プロ麻雀協会
◆趣味:カラオケ・焼肉
◆主な獲得タイトル:
◆Twitter:@pinpin_maruko
好奇心が導いた麻雀との出会い
丸山が麻雀と出会ったのは大学生の頃。
面白いアルバイトがないかと探していた時に見つけたのが、麻雀店のウエイトレスでした。
目の前で行われているゲームに興味を持ち、休憩時間にルールブックを読んで役を覚え、まずはネット麻雀でデビュー。
しかし実際の牌に触れたいという欲求は高まるばかり。すぐに麻雀店に遊びに行くようになりました。
プロへの憧れが単なる憧れではなくなった時
丸山が働いていた麻雀店では、麻雀プロが常勤やゲストとして来店していたこともあり、元々プロという存在は常に身近なものでした。
「プロ」って響きがかっこいいなあ、と憧れの気持ちを抱いたこともありましたが、麻雀を仕事にしていくことを考えていなかったので、一般企業に就職。
就職後も麻雀を続けているうちに、友人の誘いで競技麻雀大会に参加する機会が。
これをきっかけに競技麻雀の楽しさを知った丸山は、プロリーグ戦の観戦や色々な大会に参加するようになりました。
そして自らもプロのリーグ戦に参加したいという気持ちがどんどん強くなっていった丸山。
それまでに出会った人たちに最高位戦選手が多く、その人たちと戦いたいという思いから最高位戦のプロ試験を受験しました。
そしてここで丸山が想像もしていなかった運命の歯車が動き出すのです。
プロ2年目でMリーガーに
無事合格し、2018年に最高位戦43期前期生として入会することとなった丸山。
プロ入り1年目のリーグ戦では前期昇級・後期残留。
初めてのリーグ戦では、憧れていた緊張感の中で麻雀を打てることに喜びを感じたそうです。
最高位戦classicでは4組に昇級。またその将来性を買われ、夕刊フジ杯やシンデレラリーグ・てんぱいクイーンという、女流選手なら誰もが出場したい放送対局に抜擢されました。
結果が良かった日は今までに味わったことがない達成感や幸福感でいっぱいになり、悪かった日は誰とも会話できないくらい落ちこむような刺激的な日々。
今も試合の時には手が震えることがよくあるのですが、当時は緊張のしすぎで呼吸が苦しくなったり足が痺れていた、と語ってくれました。
しかし丸山にとって大きな出会いはその前に訪れていました。
それは最高位戦プロ試験での一コマ。
プロテストで序盤の他家の捨て牌の手出しツモ切りを終局後聞くと受験者のほとんどが覚えてなかったりヤマカンで当てに行ったり。そんな中彼女は「5巡目の9sはわからないけど…6巡目の7sは手出しです!」と完璧な回答でした。これはくるなと。
— 園田賢 (@sonodaken) July 10, 2019
まるこさんこんにちは。
これからよろしくお願いします(^^) https://t.co/3Mjk8OTdnX
丸山にとってはそこまで意識したわけではない何気ない回答。
しかしこれは園田に衝撃を与え、園田はその衝撃を事あるごとに身近な人に伝えました。
私もプロ試験直後にこの話を園田から聞き、期待の新人選手の入会を知りました。
そしてこの話はドリブンズの監督である越山の耳にも届くことに。
こうして丸山のドリブンズ加入への物語が、彼女の知らないうちに幕を開けました。
2019年8月に行われた第二回ドラフト会議。丸山は赤坂ドリブンズからサプライズ指名を受けます。
丸山は指名に驚きを隠せなかったものの、Mリーガーとして生きていく覚悟を決め、会社を退職しました。
衝撃のデビュー戦と麻雀観の変化
麻雀を覚えたときは三色や一通、混一色のような綺麗な手が好きだったという丸山。
しかし成績が伸び悩み、どうしたら勝てるのかを色んな人から吸収してきたといいます。
最初は自分の手牌しか考えられなかったところから、他家の進行や点棒状況残り局数によって変わる選択を考えるようになり、自分の引き出しが一つまた一つと増えていくことに麻雀の楽しみを感じるようになっていきました。
ドリブンズから指名を受けおじさんず(園田・村上・たろう)からすくすくと育てられた丸山。
衝撃のデビュー戦となった跳満見逃しからの倍満ツモでの大逆転トップ。
丸山の帰還。
— 赤坂ドリブンズ (@AkasakaDrivens) October 29, 2019
インタビューでは我慢したものの、クラブハウスにきて溢れ出しました。
泣きながらもしっかりとオーラスを振り返るさまは、大物の予感を感じさせます。#トップ取りたかったんだもん pic.twitter.com/a66tLNkMkH
この見逃しについて振り返ってもらいました。
丸山「当時はトップが偉いMリーグで、ツモればラスから一気にトップというのが魅力的過ぎて、1着順しか上がらない寿人さんから出た場合だけ見逃そうと決めてました。
今全く同じシチュエーションになった場合は、見逃さない可能性が高いと思います。
初戦から勉強してきたことを発揮したい!教わっている私がトップを取ることでおじさんずのすごさを示したい!という思いが強過ぎた事も見逃しが得だという思考に繋がったかも知れません。
あの後もかなり悩んで色んな人にもあれが正しかったのかどうか質問したりしました。
おじさんずの意見も聞いた上で、90戦という長期のリーグ戦において目の前の32ptを捨てて96ptをとりに行くのはリスクの大きなギャンブルだなと思ったので(4着から3着で32ptプラス、4着からトップだと96ptプラス)あの場面は寿人さんの3萬で和了ったほうが得だったのではと考えるようになりました。
結果的にトップを取れて、多くの方から感動したと言っていただけてすごく嬉しかったのですが、結果だけではなく過程も含めて強いと思われる選手になりたいです」
私は入会当初から丸山と交流があり、勉強会を行う機会も度々ありました。
正直言って自分の打牌理由をしっかりと言葉にするのが得意なタイプだとは思っていなかったので、こうやって自分の選択を淡々と振り返る丸山に確かな努力と成長を感じました。
Mリーグ初年度を終えて
丸山にとって初年度となったMリーグ2019。
赤坂ドリブンズは道中での大きなマイナスが響き、最後まで粘りを見せましたが7位で敗退となりました。
丸山にとって濃厚な半年間を振り返ってもらいました。
丸山「今年は10戦に出させていただきましたが、初戦~10戦目にかけていろんな感情を味わいました。まず初戦は今までにない喜びを感じることができました。奇跡的なトップがとれて、たくさんの方からの祝福のお言葉をいただき、チームのおじさんたちの喜ぶ姿を見ることも出来たのですごく嬉しかったです。今でもパワーをもらいたい時におじさんたちが喜んでいる動画を見ています!(笑)2戦目~6戦目はプレッシャーが良くない方にでてしまったと思います。チーム状況が苦しかったこともあり、自分が足を引っ張ってはいけないという焦りと自分への自信のなさで、打牌にも迷いがでてしまいとても苦しかったです。
何度も落ち込んだり悔しい思いもしましたが、チームの方たちに支えていただいたおかげで、7戦目以降は麻雀を楽しもう!今できる精一杯を尽くそう!と前向きな気持ちに変えて試合に挑むことができるようになりました。
この経験は私にとってとても大きく精神的に一回り強くなれたと思います。
今シーズンの成績はトップが1回しかとれず、その上4着が多いという実力不足がそのまま結果に繋がってしまいました。この結果をしっかりと受け止めて、点数状況にマッチした選択を素早く判断したり、手牌読みの精度を高めたり、他にもできることを増やせるよう勉強して周りとの差を埋めていきたいと思います」
「麻雀プロ」は憧れの存在だった。そう語っていた丸山の姿は紛れもない麻雀プロそのものでした。
これからもどんどん成長していく丸山の軌跡が楽しみですね。
年 | 年齢 | 主な出来事 |
---|---|---|
1993 | 0歳 | 北海道旭川市生まれ |
2011 | 18歳 | 大学進学のため上京 |
2013 | 20歳 | 麻雀店でウエイトレスのアルバイトを始める |
麻雀を覚え、自分でも打つようになる | ||
2015 | 22歳 | 一般企業に就職 |
2016 | 23歳 | 競技麻雀の大会に参加するようになる |
2018 | 24歳 | 最高位戦日本プロ麻雀協会入会(43期前期) |
2019 | 25歳 | Mリーグ2019ドラフト会議にて、赤坂ドリブンズから指名を受ける |
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