それは、あまりに切ない700-1300だった――
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日本プロ麻雀協会、「ドヤ顔インパクト」日當ひな。タイトル獲得経験こそないが、麻雀スリアロチャンネルの放送対局では史上初のダブル役満を成就させたこともある。
そんな破格の勝負強さを秘めた日當だが、初出場のシンデレラリーグではなかなか本領を発揮できないでいた。
第2節終了時の成績は2着4回、3着1回、4着3回。連対率こそ50%だが、いかんせんトップが引けない。コチラの観戦記でも触れたように、痛恨の国士無双放銃という不幸にも見舞われた。結果、ブロック順位8位と非常に厳しい状況の中で最終節を迎えることとなった。
6位の月城和香菜、4位の川又静香、3位の丸山奏子と対局ということで、3トップ以上を飾ればプレーオフ進出も十分に可能性は残る。だが、無理に前に出る局面を増やせば、それだけリスクも伴うのが麻雀というゲームだ。3半荘を終え、3着1回、4着2回。過酷と呼ぶのもはばかられるほど追い込まれた状況で、日當は最後の舞台に立った。
「最終戦は、いつも通り打とうとしました。だけど打ちながらも迷いがありました」
観戦記を通じてたびたび触れている「目無し問題」。勝つ見込みがない選手の最終戦の打ち方に、現時点で正着と呼ぶべきものはない。また、シンデレラリーグの予選は各節の対局を前後半に分けており、この日は前半卓だ。仮に日當がアガらず仕掛けずといった選択をした場合、前半卓の3名は勝ちやすくなるが、その反面、後半卓に臨む4名にとって不利な展開となる。日當がどう打っても、誰かが利益や不利益をこうむる。ましてやこのCブロックは、8名中6名までがプラスポイントという異様な状況なのだ。そんな渦中に身を置きながら、日當はゴールの見えない茨の道を粛々と歩み続けたのだった――
東1局、親の月城が先制のテンパイを果たす。現状はタンヤオ・赤・ドラの7700点のテンパイ。打点十分ではあるが、を引けばピンフが確定し、イーペーコーまで見える大チャンス手だ。この半荘は丸山、川又、月城の着順勝負。この手をアガりきれれば、ブロック内の上位がほぼ確定しそうだ。
2番手は川又だ。リーチのみではあるが、待ちで応戦する。マンズが場に比較的安く、十分にアガリが見込めそうだ。
同巡、月城が待望の引き! 川又に無筋のだが、恐れるわけもなく追いかけリーチを放つ。
序盤にいきなり訪れた勝負所を制したのは、川又だった。月城がrをつかみ、リーチ・赤・ドラ、5200のアガリで月城の出鼻をくじいた。
しかし続く東2局も、月城にチャンスが巡って来た。567の三色やイッツーも見え、赤が2枚。ドラのを未練ゼロで河に放ち、めいいっぱいに構えた。
このドラ切りに敏感に反応したのが丸山だった。をポンして切り。カンがネックとはいえ、をトイツ落としをしてピンフ・イーペーコーも見込める手格好ではあったが、ここは危機回避を優先する。
もすぐにチーすることができ――
川又のをとらえた。電光石火の1000点で月城の進撃をかわすことに成功した。
互いが互いをけん制し合う、しずかな展開のままで東場は終わった。
南1局、再び巡ってきた月城の親番。僅差とはいえ、現状ラス目ということもあり、そろそろ加点をしたいところだ。 のくっつき1シャンテンという局面で――
切りを選択した。リャンメンに最もなりにくいのはもちろんなのだが――
この引きがある! リーチ・ピンフの待ちだ。
このリーチを受けた丸山が、こちらの手牌。1シャンテンだが、現物のをトイツ落としして迂回するという選択肢もあるかもしれない。丸山は――
をカン! マンズでは唯一通っていない の筋を潰す攻撃的な選択をした。そして新ドラのは――
日當が2枚抱えていた。 を切れば 待ちのテンパイ。一手代わりでツモり四暗刻にも成り得る。このチャンス手を前に――
日當は単騎待ち以外には当たらないを切った。ドラが3枚あるテンパイとはいえ、ドラのも、そのまたぎの も容易に切れる牌ではない。アガリ連荘ルールの終盤で、親リーチに危険牌の有力候補であるピンズは切りにくい。いつも通り、フラットに打つことを心掛けるならば、切りでの迂回は妥当な判断に思えた。ところが次巡――
日當をもてあそぶかのような引き。リーチをかけていれば跳満スタートのツモだったが、これでも以前テンパイはキープできる。リャンペーコー・ドラ2・赤1、出アガリ跳満のテンパイを取れる。ここまで打点が高くなれば、残り1回の親番に全てをかけてもおかしくない。だがテンパイ打牌のは――
月城の当たり牌だった。リーチ・ピンフ・ドラ1の5800。月城の残しが実を結んだ結果だった。
奇しくも、である。
第2節で日當が国士無双に放銃をした際も、似たような牌姿だった。高めリャンペーコーテンパイからの切り。守備寄りの打ち回しが多い日當だが、この舞台では「1枚くらい押そう」という牌で不運に見舞われることが、あまりに多かったように思う。彼女が歩む道に茂る茨は、あまりに深く、鋭かった。
「状況を考え、一度は降りようと決めました。だけど手役が完成し、より安全な端牌を切ってのテンパイということで、混乱して放銃してしまいました」
十分すぎる本手からの失点を、日當は「混乱」と評した。それは、茨道を歩む彼女にしか持ち得ない、あまりに悲壮な感想に思えた。