4-4-4-4-2-3-4。
4連続ラスを含む7試合トップ無し。個人成績は▲200ptを超え、21人中20位。
競技麻雀の世界において、圧倒的な実績を残してきた鈴木たろうにとっては、あまりにも酷な成績だった。
11月15日、そんなたろうが復活の2連勝を遂げた。
いや、この2連勝は4人目の赤坂ドリブンズ、越山剛監督によって仕組まれたものだった。
その日に何が起きていたのか。
話は霜月の初頭に遡る――
11月6日 23時
この日もラスを引いてポイントを減らした。
たろう「ごめんなさい。またチームのポイントを減らしてしまいました。」
大きな体が小さく見えるほどに、たろうは落ち込んでいた。
そこに手を差し伸べたのが、赤坂ドリブンズ監督、越山剛であった。
越山「謝る必要なんてない。たろうさんがここまで築き上げた実績は、こういうときに悲観せずに持っている実力を発揮するための特権でしょう。待っているよ。」
ドラフト会議にて3チームの競合を制して鈴木たろうを引き当てた時、両手を突き上げ、越山は宣言した。
越山「最後のピースが埋まった。うちが一番強いと思っています。」
自ら獲得を熱望し、手繰り寄せたピースを信頼しての一言。
今をもってなお、その言葉に揺るぎはなかった。
11月13日 20時
しかし、現実は感動のシナリオに向かって進まない。
9試合目にして5回目のラス。
ゼウスの苦悩は深まっていった。
11月15日 14時
越山「たろうさん、今日の試合2本連続で行く?」
たろう「今日は….やめておきます。」
選手として自信があるしたくさん打ちたいと語っていた開幕当初のゼウスの姿はそこにはなかった。
たろう「自信を失っていたわけではないし、絶対に勝ってやるという気持ちはあった。でも、さらに負けるんじゃないかって不安と恐怖、チームに対して申し訳ないという気持ちが強くて….。とても連闘させてくれとは言えなかった。」
チーム戦という雰囲気に、ゼウスが飲み込まれていた。
同日 19時10分
不安と恐怖を抱えたまま、対局は始まった。
打点も見込める好形残りの完全イーシャンテンだが、親の瀬戸熊選手の仕掛けに対してが切り切れず、現物のを切って受けに回った。
たろう「クマさん(瀬戸熊直樹選手)は役牌+αの仕掛けだと読んでいた。テンパイかどうかは分からなかったから、中盤までは押し返すつもりだった。ただ巡目が深くなって、クマさんのツモ切りが続いてテンパイ率の見積もりが高くなって。が残っている以上、を切るのも見合わないなと思って受けた。」
この時の瀬戸熊選手の手牌はこう。結果的には通ったが、押さない判断が賢明だろう。不安と恐怖を抱えながらも、たろうは決してバランスを崩してはいなかった。それもそのはず。この起用は越山のマネジメントに基づいている。
越山「成績が振るわないのは事実だし、本人がそれを気にしていることも把握していた。でも、俺は調子という不明瞭なものの存在を信じていないし、たろうの打牌がそんなことに影響を受けるとも思っていない。」
不調によってたろうの打牌に影響が出るならば、越山はたろうをあの場に送り出したりはしなかっただろう。しかし、麻雀というゲームは残酷なもので、本人の思惑とは無関係に点棒が飛んでいく。
先制リーチに対して、白鳥選手の反撃を受けて12,000の放銃。
たろう「落ち込まなかったといえばウソになる。またか…と思った。基本的にネガティブだから。」
しかし麻雀の不条理を解消してくれたのも、また麻雀の不条理であった。
放銃して迎えた親番で6,000オールツモ。誰にでも拾えるアガリとは言わないが、一本道をまっすぐ進んだ先に18,000点が転がっていた。
東4局には役牌のドラが暗刻の配牌。こちらも一本道を真っすぐ進んで2,000・4,000のアガリ。
今までの不幸を帳消しにするように点棒を積み重ねていく。
南場に入ってからはゼウスの独擅場だった。5巡目にとのシャンポンでテンパイするも、打としてイーシャンテンに戻した。
たろう「期待値MAXを選択しただけだよ。リーチしても悪くないけど、攻め返されたときに弱くて打点も不満だしね。良形・高打点を求めただけ。」
“ラーメンは美味い”と言うかのごとく、当然のことだから当然だろうと語るたろう。こんな質問をしてしまった自分を恥ずかしく思った。
2巡後に両面に手変わりしてリーチ。裏ドラも乗せて12,000に仕上げてみせた。
“たろうに点棒を持たせてはいけない”
これは古より麻雀界に伝わる鉄の掟である。
点棒を持っていると、選択の幅が広がる。高打点も低打点も、押すも引くも自由になる。技術の引き出しが多いたろうに、それを自由に使える状態を作ってしまったら、勝つことは困難を極めるだろう。
自風のを鳴いてこの手牌。下家で親の石橋選手がを123でチーしている。ここから、と石橋選手に鳴かれそうな牌を連続で切り出していく。
たろう「バッシー(石橋伸洋選手)は役牌バックか三色。絶対に落とせない親番だから、打点も速度も幅がありそうな仕掛け。自分が放銃さえしなければいいから、危険な牌はむしろ先に切ろうと思った。」
押すも引くも自由だからこその選択だ。
この手をきっちり2,000点でアガり切る。
たろう「鳴いても不安定な形だったから内心ビクビクしてた。点棒を持ってたからこその仕掛けだったね。この手をアガれて、やっとトップ取れるって思ったよ。」
オーラスを脇のアガリでやり過ごし、実に7試合振りのトップとなった。
同日 20時30分
1戦目の結果を受け、クラブハウスで越山が決断を下した。
越山「続けてたろうで行こう。」
2戦目の登板は園田の予定だったが、急遽ローテーションを変更。調子の存在など信じないと語っていたはずではなかったか。
越山「うちのチームの3人は実力差が極端に少ない。だから3人の誰を起用しても、基本的に期待値は同じ。でも、今日の2本目に限っては鈴木たろうのトップと園田賢のトップでは価値が違うんだ。」
トップの価値が違うとは、一体どういうことだろうか。
越山「コナミの佐々木寿人選手の成績が上がってきたとき、他のチームは”やっぱりな”という思いや”嫌だなあ”という思いをした。それを今度はうちがやる番。連勝にはたろうの復活を印象付けるという付加価値がある。」
博報堂の社員らしい、対外的な見え方を意識した戦術だ。しかし、たろうが次にラスを引くと、盛り上がったチームの雰囲気が落ち込んでしまう可能性もある。
越山「そこが一番悩んだ。でもね、確かにラスを引いたときは痛いけど、それ以外はおおむねプラス。特に連続でトップを取ったときのチーム内での士気の高まり、他チームへの印象、ファンを含めたMリーグ界全体への影響が非常に大きい。1/4のリスクを背負うに十分な勝負だと考えた。絶好の復活の機会だけは逃さないよ。」
調子などという曖昧な定義による理論ではなかった。選手の特徴の把握、チームの客観的考察、それに基づく適切な判断。
この仕事は、この世界でただ一人、越山剛にしかできない。
同日 22時12分05秒
鮮やかな逆転劇による連勝だった。
オーラス満貫ツモという条件。
寸分の誤りもない手順で567の三色同順に仕上げた。
ゼウスは復活した。
いや、復活を印象付けられた。
このパターンにハマったときを絶対に逃さないという越山剛の意思が実現したのだ。
この感覚…どこかで覚えがある。
そう、たろうが連勝を決めた2本目のオーラス。
チンイツが明確に見える手牌。
満貫ツモ条件のたろうは、浮いているではなくトイツのを切った。
たろう「だって567の三色になったときに逃したくないでしょ」
次にどんなツモが来るかは分からない。
だからこそ、そのツモが来たときに逃さない手組にしておかねばならない。
ゼウスはこのを逃さなかった。
越山がゼウスの復活を逃さなかったのと同じように。
赤坂ドリブンズは逃さない。
その運命が用意されているのならば。