サイト版「現代麻雀技術論」を書き始めていた頃の話。当時はハンゲームの麻雀で勉強会をしていたのですが、参加者の中に当時まだ高校生だった男の子がいました。参加したての頃の戦績は天鳳でいうところの一般卓でも負け越す程度の実力でしたが、そこから急速に上達して一年程度で最上位の貴族卓(今の天鳳で言えば六段昇段程度)に到達するまでになりました。
彼の成長ぶりには驚かされましたが、それ以上に驚いたのはその後の勉強会で彼が、「親の平和ドラドラって何点だっけ?」と質問してきたことです。どうやらいつもリーチしているので、いざオーラスでテンパイした時にダマでも逆転条件を満たしているかが分からずに困ってしまったそうです。
私は麻雀を覚えてから今年で30年になりますが、30年前といえば私は4歳。流石に点数計算まで完璧に出来たというわけではなく、大学に入るまではゲームで何となく点数を把握していた程度。大学に入ってから点数計算のアプリで練習して身に付けました
私自身点数計算が出来るようになってから勝てるようになったわけではなかったので、「点数計算が出来ること自体は重要でない」ことは分かっていたつもりでしたが、点数計算はルールの範疇であり、勝てるようになる程度に麻雀にのめり込んでいれば自然とできるようになるものとも思っていました。そのため、親の平和ドラドラの5800というよく見る点数さえ分からなかった彼が、「点数計算だけは出来ていた頃の私」よりずっと強いという事実に衝撃を受けたのでありました
オーラスに限らず自分の手が何点程度の手でアガれそうか、他家の仕掛けは何点程度かを意識できるようになることは重要です。よって、細かい点数計算ができる必要性は薄いといっても、点数計算に関する知識自体はやはり重要でしょう。
しかし、知識としては重要だとしても、それを打牌判断に適用すべきかとなれば別問題です。知識を身につけているからこそ、不必要に考えて判断を見誤ることも有り得ます。「子のリーチ平和は2000点。平和のみと1000点しか変わらないのだから、リーチ棒1000点がもったいないのでダマ」という昔の誤ったセオリーはまさにその典型例です。
最近の麻雀界は、10年程度前であれば軽視されていたような技術の有用性が再度見直されている傾向があるように思います。これらの技術も、「重要でなかった」のではなく、「知識としてはそれなりに重要だが、下手に打牌選択に反映させるくらいなら最初から知らない方がより正解に近い判断ができた。」というのが真相かもしれませんね。