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雀荘メンバーの哀愁 ーーー「東大を出たけれど」須田良規

雀荘メンバーの哀愁 ーーー「東大を出たけれど」須田良規

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「東大を出たけれど」とは
  • 近代麻雀で連載されていた、須田良規プロ(日本プロ麻雀協会)の著作全108話。麻雀ウォッチにて8話分掲載。
  • 作品の発表経緯はインタビューをご覧下さい。

 

 夜番が明け、通勤するくたびれたサラリーマンや賑やかな学生達と一緒に電車に乗り込む。疎外感なのか優越感なのか自分でもはっきりしないが、これから一日が始まる彼らとすれ違いに帰途に着くことに、妙な感覚を覚える。いつからだろう。歪んできたのは。

 吹き溜まりのような場末の雀屋で拙い腕を振るい、卓上の小さな勝ち負けに執着する毎日。途中まっとうな就職を選択することも勿論出来たのだろうが、一旦立ち止まれば次の一歩を自発的に踏み出すことが億劫になる。それでも今後の人生の不安や生活の苦しさを考えれば、普通の人間ならばいつか足を洗うのが当たり前だろう。

 麻雀が好きだから、と瑣末なプライドをもって自分を正当化しようとしても、どこかで麻雀を逃げ道にしている意識も常にある。

 そんな葛藤に向き合いながら、ただただ毎日を牌に埋もれて過ごしている。晴れない霧を彷徨うように。

 電車に揺られながら、ふと昔のことを思い出していた。
以前勤務していた店に、Tという雀ゴロがいた。彼は、当時初心者メンバーだった私に麻雀を教えてくれた師匠である。

 彼は麻雀の稼ぎと裏メンとしての収入で、夫婦二人暮しをつつましく支える毎日であった。それでも十数年連れ添った妻をTは心から愛していたし、それなりに幸せな生活を共に送っていたと思う。私も彼女をよく知っていて世話になっていたが、器量も良く、たいへん優しさに溢れたひとであった。身寄りのない東京では、二人は歳の近い両親のような存在だった。

 異変が起きたのは4年前。彼女を不意に襲った病魔は癌だった。病状の詳しい進行の度合いは聞かされていなかったが、莫大な治療費がかかっていたことは明白だった。Tは方々に借金をして、我々の前から姿を消した。

 麻雀を生業としている人間の多くは、蓄えなど非常に乏しいものだ。それでも彼は世界で最も大事なひとの命を助けるため、周囲に恨まれながらも必死に金策に駆けずり回った。
 いま二人がどうなっているかは知る由もない。だが、おそらく彼女は亡くなっている。

 メンバーにせよ雀ゴロにせよ、一般のサラリーマンなどに比べ著しく低所得でいながら、麻雀という魔力にどっぷり漬かっているため、この世界からなかなか抜け出せない。世間一般に見れば、我々は愛する人ひとりさえ救えない、自堕落な社会不適合者だ。人並みのささやかな幸福すら、過ぎた望みだろう。そんなことは充分わかっているが。

 昔Tの自宅で飲み明かしているとき、酔い潰れたTを横目に彼女はこう呟いた。

「一番の博打打ちは私よね。こんなギャンブラーと結婚なんかして」

 彼女が投じた賽の目は、彼女自身にしかわからない。幸せな人生の定義など、他人の与り知るところではないだろう。それでも手前勝手に言えば、Tと共にあった生活は、決して悔いあるものではなかったと信じたい。
 今彼女が笑ってくれるなら、麻雀打ちという人種も捨てたものじゃない、と思う。なあ、師匠。 

 電車を降り、朝陽を背に家路を辿る。帰宅しても漠然とした不安は拭えぬまま、それでも今夜の仕事に備えて床に就く。
 麻雀が好きで、人よりちょっと腕が立つ。それだけの人間に、一抹の希望はあるのだろうか。

 

全108話公開 須田良規プロのnoteはコチラ

 

プロフィール

須田良規(すだ よしき、1975年8月6日 - )島根県出身。東京大学工学部卒業。日本プロ麻雀協会(1期後期入会)A1リーグ所属。
代表作『東大を出たけれど』の原作を自身のnoteで108話公開。

この記事のライター

麻雀ウォッチ編集部
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