監督の裁量による最良の選択
一時期の貯金を溶かし、ファイナルステージ進出ボーダーとは100pt差という局面で迎えた2月4日の対局。レギュラーシーズン6試合を残してドリブンズに山場がやってきた。
監督の仕事は、現状を冷静かつ客観的に把握すること。そしてその上で誰を起用するべきか考えること。この2つだ。
赤坂ドリブンズ監督の越山剛は、2月4日の対局を迎える状況ついて次のように分析した。
越山「ポイントという絶対的な価値、ドリブンズが落ちてきたという印象を左右する相対的な価値、二つの意味で絶対に負けられない対局。ここで負けてしまうと、モメンタムを大きく失うことになる。」
モメンタムとはスポーツ用語で勢いというニュアンスの言葉だ。ファイナルステージ進出へのモメンタムを良い方向に持っていくために、この日の対局は絶対に落とせないと考えていたという。
越山「仮に2月4日の対局で負けたとすると、モメンタムを失った状態で残り4試合を戦わなければならない。絶対的なポイントの優位があるとはいえ、数字だけでは語れない問題も出てくる。」
ドリブンズ監督の口から”勢い”という単語が出てくるとは意外だ。麻雀は数と確率のゲームではなかったか。
越山「勢いっていうのは別にそれによってツモや配牌が良くなるとか当たり牌を掴まなくなる、とかいった話じゃなくてね。麻雀は人と人とのゲーム、気持ちに起因する変化は出てくる。数多くの経験を積んだウチの選手たちに限ってそんなことは…という思いもある。でもこの大舞台でのチーム戦は今までの麻雀界にはなかったシチュエーションで、背負うものがあまりにも大きすぎる。どんなトッププロでもプレッシャーを感じて、普段できることができなくなったりする可能性がある。他の多くのスポーツでそういったシーンを何度も目の当たりにしてきた。それがとにかく怖かった。」
越山は博報堂のスポーツ事業部でメジャーリーガーのイチロー選手など、数々のトップアスリートと共に仕事をしてきた。大舞台での人間の心理、その怖さをよく知っている。
状況を冷静に分析したところで、問題は誰を起用するべきかという部分に移る。
越山「こういうときに起用するべきは、やっぱりエース。でもうちにはよくよく考えるとエースがいなかった。これは誰が出ても期待値が高いという意味で我々にとっての強みだと考えていた。そもそもそのような特別な役回りや肩書きは必要ないと思っていた。ただこの正念場を迎えて、はじめてエースが欲しいと思った。多井さん、寿人さんのような存在が。」
ドリブンズの強みがドリブンズを悩ませた。誰を起用するべきか。誰がエースなのか。
Mリーグは新時代
越山は現状を各選手と共有し、個別に面談を実行した。
越山「たろさんと村上さんは出たいという気持ちと怖いという気持ちが交錯していると感じた。これは実力に起因するものじゃなくて、ここまでのMリーグにおける結果に起因するものだと思う。自信と不安、プライドと恐怖が入り混じった複雑な感情の中で二人は揺れているように思えた。」
しかしこの状況下にあって、園田賢だけは違ったという。
越山「賢ちゃんだけはためらいがなかった。前回の対局で4着だったのにも関わらず。チームの中で一番ポイントを稼いでいるというのもあるし、客観的かつ合理的に自分が出ることが最も期待値が高いと考えていたんだと思う。」
越山も園田の考えていることに概ね同調していた。
越山「Mリーグの舞台はさ、エポック(epoch:新時代)なんだよ。赤とオカがあるルールでこの21人が揃う新しいステージ。これまでの実績だけでなく新しい環境での最適戦術を考えなければいけない。そして賢ちゃんは我々に内容と結果で証明してくれた。エポックでの戦い方、そして力を。」
越山は園田賢の2連闘を決断した。監督が園田をエースと決めた瞬間でもあった。
この大一番での園田の連闘、それが意味することをたろうと村上はすぐに理解したはずだ。悔しさや自身のふがいなさを感じただろう。しかし二人はこの決断を受け入れた。
たろう「賢ちゃん、頼みます!」
村上「賢がベストの状態で打てるようサポートするので何でも言ってください!」
競技麻雀界のトップを走ってきた村上とたろうだからこそ、このステージでの園田の強さを感じているのだろう。
今年のドリブンズのエースは園田である。チーム全員がその認識を共有した。
明日会社休みます
Mリーガーとして活動する傍らサラリーマンとして仕事もこなしている園田。仕事で疲れた体を麻雀モードに切り替えるため、軽い休息を取ってから2戦目に挑むのが通例となっている。
しかし2連闘を言い渡されたこの日はそうはいかない。
園田は有休を取得して会社を休んだ。
園田「絶対に後悔したくないから。万全の態勢を整えて挑むよ。」
100%の状態でドリブンズのエースは戦いの場へと足を踏み入れた。