「対局中、泣きそうになったのなんて初めてですよ……」
最終戦を前に、与那城はそんなことを口にしていた。これまでも、そしておそらくこれからも、彼女がここまでの不遇に襲われることはないだろう。幾度となくリーチをかけながら、この日の最高打点は2900点のアガリに終わっている。1回目のシンデレラリーグは実力を出し切れず、予選敗退に終わった。雪辱をかけて挑んだ今年、なんとか決勝の舞台にたどり着いたものの、そこでは悪夢のような時間が待ち受けていた。34万点差のトップラスという途方もない条件のなか、あと1回戦い抜かねばならない彼女の心中たるや、いかほどだっただろう。
与那城の最後の親番、彼女は柚花のリーチを受けて――
当たり牌を持ってきたタイミングでのアンコ落としに踏み切った。事実上の投了宣言。僕らでは想像でもできないほどの屈辱だったに違いない。もしかしたら「勝負を投げるのか!」といった批判を受けることだってあるかもしれない。けれど、それでもこのを切らずにを切った与那城は、僕にはとても美しく思えた。
全ての対局を終えた与那城は、卓についたまま涙をこぼした。閉会式でも、その涙が止むことはなかった――。
第4位、与那城葵。▲229.9ポイント。
※※※※※※※※※※
「ちょっと、なんで黙ってるんですか! とりあえず終電すぎくらいまでは連荘しますからね!」
そんな宣言を最終戦前にしていたのは柚花だった。どれだけ無理難題なのかは、誰より彼女自身が痛感していたはずだ。それでも自らを奮い立たせなければ、最後の戦いに挑むことなどできない。僕なら逃げ出したくなるような苦境にあっても、柚花は戦い続けた。
彼女は最後の親番で意地の4000オールをツモアガった。これが決め手となり、最終戦のトップ者となる。だが、その連荘が日をまたぐまで続くようなことはなかった――。
「麻雀プロは一生続けていく」と、涙ながらに閉会式で語った柚花。せめて、この日の経験が彼女の大きな糧となることを願う。
第3位、柚花ゆうり。+18.4ポイント。
※※※※※※※※※※
このシンデレラリーグを通じて、おそらく最もインパクトを残したのは涼宮だろう。規格外のトーク力と、そのキャラクターとはあまりにギャップがありすぎる冷静な打ち回しで、多くのファンを虜にした。
最終戦ではラス親を引き、大物手も作り上げていた。だが、ここまでに許したリードの壁は、あまりに大きかった。
これまでタイトル経験のない彼女だが、日本プロ麻雀協会の第11期新人王戦であと一歩でタイトル奪取に迫ったことがあった。最終戦オーラス、これさえアガれば優勝という土壇場で、ラス目の親リーチに満貫を放銃しての敗退。あの日、顔を覆った彼女は――
この日の閉会式では笑顔を見せていた。「I’ll be back」と涼宮節を貫き通し、求められているキャラクターを全うしていた。登壇する前に流していた涙を、番組内では一度も見せることなく――。
第2位、涼宮麻由。+26.8ポイント。
※※※※※※※※※※
そして、24名の打ち手の中でただ1人、勝ち名乗りを許された山本もまた――
涙を浮かべずにはいられなかった。
女優としても活躍する山本だが、プロ入りするにあたって実母から「芸能の仕事は応援するけれども、麻雀の仕事はあまり応援したくない」と言われていたのだという。麻雀嫌いの母。ところがこの日は、ルールも知らないはずの母親が全ての対局を視聴していたのだという。半荘が終わるたびに祝福の連絡があり、それは間違いなく山本の活力となっていた。
実力者たちを相手に攻め続け、1年未満のプロ歴で栄冠を勝ち取った山本。この日、彼女はまさしくリアルシンデレラと呼ぶにふさわしい物語を紡いでみせた。
優勝、山本ひかる。+184.7ポイント。
※※※※※※※※※※
「今夜は本当に、ガラスの靴を抱いて眠ります!」
全ての重圧から解放された山本は、破顔してそんなことを口にしていた。一晩明けて、目の前にあるガラスの靴を見て、いったい何を思っただろう? 12時を過ぎても、彼女の魔法は解けない――。シンデレラ・山本ひかるは、次も魅力に満ちた物語を見せてくれるのだろう。