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勝又健志「誰も知らない読みの領域へ」軍師の原点 Mリーガー列伝(13)

勝又健志「誰も知らない読みの領域へ」軍師の原点 Mリーガー列伝(13)

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 EX風林火山の軍師こと勝又健志プロは「自分が納得できる内容の麻雀を打てるようになりたい」と結果に一喜一憂することがない。自身のプロ人生を賭けて追い求め続けている“納得できる麻雀”とは一体どういう麻雀なのか?

誰も知らない読みの領域へ

 色紙を頼まれると「未知への挑戦」と書く。「誰も知らない読みの領域に挑戦していきたいんです。私が追い求めている読みの部分は壮大すぎて、生きているうちに出来るわけないよねと思われるかもしれないんですけど」とまるで冒険家のようだ。

 幼少期からひとつのことに没頭した。小学校入学時、父親から「何かひとつやれ」と言われて剣道を選んだ。「4つ上の兄貴がぜんそくを持っていて、体が弱かったんです」と兄の思いも背負い、高校卒業時には三段になった。

 母親は5人兄弟、父親は7人兄弟と親戚が多かったこともあり「お年玉はいつもクラスで一番でした。そのお年玉で漫画を買いそろえていました」と漫画蔵書は2000冊を超える。「スラムダンクやタッチ、麻雀漫画では片山まさゆき先生のノーマーク爆牌党も20回以上は読んでますね」と家では兄と漫画を読む日々を過ごした。

 麻雀牌に初めて触れたのは小学校5年生の頃。親戚の集まりがあるといつも麻雀が始まった。「どんなゲームなの? 僕もやりたい!」という好奇心からだった。

対局解説に関しても研究は怠らない。「麻雀を知らない人たちどう伝えるのか。各種スポーツ競技を片っぱしから見て対局解説の参考にしました」

 

19歳、大学生でプロデビュー

 中学時代は剣道の稽古後、部室にあったカード麻雀で遊ぶようになり、高校時代は友達の家でも麻雀をするようになった。「自分で言うのもなんなんですが、けっこう強かったんです」と大学入学と同時に麻雀店でアルバイトを始めた。その店には麻雀プロがよく来ていたこともあり「この人たちのようにプロになりたい。この人たちに勝てるようになりたい」とプロの世界を意識するようになった。

 大学時代に麻雀劇画誌・ビクトリー麻雀で牌譜(※)を取るアルバイトをしていた縁もあり、出版界でも活躍されていた日本プロ麻雀連盟の荒正義プロの推薦をもらい、プロテストを受験。18歳の秋に日本プロ麻雀連盟17期生としてプロテストに合格し、研修期間を経て大学生だった19歳でプロデビューした。

※牌譜(ぱいふ)=対局記録。将棋で言えば棋譜。

麻雀観が大きく変わった「衝撃のリーチ」

 プロ入り1年目だった2000年、自身の麻雀観が大きく変わるきっかけとなった“ある対局”を見た。

 それは勝又プロの働いていた麻雀店に、前原雄大プロ(KONAMI麻雀格闘倶楽部)ら、先輩プロ達が来て、一発裏ドラのない同団体の公式ルールで研究会をしていた時のことだった。「見学してもいいよと言ってくれまして。南3局、西家でトップ目だった前原さんが、4着目だった親からリーチを受けたんです。手牌はペン待ちのイーシャンテンで、もしもから入れば平和テンパイになるという段階でした」と、今しがたか見ていたかのように記憶を呼び戻した。

 「当然オリるんだろうなと思って見ていたら、前原さんはリーチに向かって無スジをビシッと切ってイーシャンテンを維持したんです。えっ?と思いました。そうしたら次巡のツモでを引いて、ペンの役なしテンパイを入れ、迷うことなくリーチを打ったんです」と、その選択肢は微塵も予測できなかったという。

 結果は前原プロがリーチをかけた同巡、親が一発でをつかんで前原プロへ放銃。競技ルールのため一発役はなく、リーチの1翻、1300点を前原プロがアガってトップのまま終局した。「研究会なので山を開けて牌を検証していたんですが、親が次巡にツモるはずの牌が4000オールとなる待ち牌だったんです」と、前原プロがリーチを打たなければ、親の満貫が決まっていた未来を目の当たりにし、衝撃を受けた。

 同卓者の「なんでこれリーチなんですか?」という質問に対して「点棒を失うより、勢いのある流れを失うほうが怖かった」と前原プロは答えたという。

 目には見えないものをも感じながら戦っていたその姿に「なんだこれは。流れってあるんだな」と心を揺さぶられた。

 その日から「流れとはなんだろう」と考え始めた勝又プロは、月平均200半荘の打ち込みをノルマと課し、それ以外の時間は、牌譜研究に充てるようになった。

 当時はタイトル戦の決勝等でも対局映像等はまだ無かった時代。牌譜を頼りに河に切られた一打一打から、対局者の手牌構成や手順の予測に終始した。前原プロたちの勉強会にも参加させてもらえるようになり、自身の麻雀を土台から構築していった。

「完敗したとしても、オフモードになればケロっと忘れられます」と、麻雀を通じてオンオフの切り替えがうまくなったそうだ ©ABEMA

 

結果よりも内容重視だった心境に変化

 そして2015年、日本プロ麻雀連盟の最高峰タイトルである第32期鳳凰位を獲得。2016年に開催された「麻雀プロ団体日本一決定戦」ではチームをけん引し優勝。「Mリーグ」が始まった2018年にはEX風林火山からドラフト指名され、チームを準優勝に導く堅実な闘牌を見せた。

 年々メディア対局が増えるにつれ、Mリーグのパブリックビューイング等、ファンの声が直接届くようになった。「たとえ2着でもファンが喜んでくれる。トップだったらもっと喜んでくれる」と自身が納得出来る内容であれば結果を気にしなかったスタンスから「納得できる麻雀で、なおかつ結果も求めていきたい」と自身を取り巻く環境の変化に、心境も呼応しつつある。

 では“納得できる麻雀”とは一体どういうものなのか。「対局映像を見返して情報を整理し直した時、今現在の自分の実力では読むことは不可能と判断したものに関しては、結果が悪くても受けとめられます。でも対局中には気づけなかったけれど、後でこれは読みきれたなという部分に気づき、最善手が打てていなかった時はめちゃくちゃ悔しい」と対人ゲームだけに、対局中に得られるあらゆる読みの材料をすべて読み切った上で決断した一打を繰り返すことという位置付けだ。

 そのためには流れ、ツキ、運といった見ようとする者にしか見えることはないであろう部分をも、論理的に解明していく必要がある。「誰も知らない読みの領域に到達出来たからといってすべてが読み切れるわけではない。でもプロである以上、挑戦し続けていきたい」と探求の日々に終わりはない。

自身の対局映像は、対局後にすべて検証する。この検証こそが、自身の精査であり、次の対局への準備にもつながっている ©日本プロ麻雀連盟

勝又健志(かつまた・けんじ)プロフィール

生年月日:1981年3月15日
出身地:東京都墨田区
血液型:B型
趣味:将棋
好きな作家:東野圭吾
好きな漫画:キングダム
勝負めし:ステーキ
愛称:軍師
著書:「麻雀IQ220の選択」(竹書房)
主な獲得タイトル:第34期鳳凰位、第2期麻雀グランプリMAX他

勝又健志 年表
年齢 主な出来事
1981 1歳 東京都墨田区で二人兄弟の弟して生まれる
1987  6歳 小学1年から高校卒業まで剣道を続ける
1991 11歳 小学5年の時、家族麻雀で麻雀を知る
1999 18歳 早稲田大学入学
2000 19歳 日本プロ麻雀連盟17期生としてプロ入り
2002 22歳 早稲田大学卒業
2011 28歳 第2期麻雀グランプリMAX 優勝
2014 33歳 日本プロ麻雀連盟A1リーグへ昇級
2015 34歳 第32期鳳凰位
2016 35歳 麻雀プロ団体日本一決定戦 優勝
2018 37歳 EX風林火山よりドラフト3位指名を受け、チームを準優勝に導く

 

◎写真:佐田静香(麻雀ウォッチ) 、インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)

 

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