「応援してください。」
と赤坂ドリブンズのメンバーは言わない。
「応援してもらえるような麻雀を打ちます。」
これが赤坂ドリブンズのクラブとしての信念だ。
応援してもらえるチームとは何か?
監督の越山剛はその条件を”勝利”に見出したからこそ、ドラフト会議でこのメンバーを集めた。
勝利に貪欲な3人を。
勝利に貪欲とは何か?
「勝ちたいです。本当に勝ちたいです。」
という気持ちを強く持つことが勝利に貪欲なのではない。そんなものはただの願望だ。
「勝つための合理的選択を常に続けること。」
これが勝利に貪欲ということだ。
鈴木たろうという男はなかなかオリない。
これはたろうがオリることを勝利への合理的な選択ではないと考えているからだ。
たろう「オリるのは簡単だよ。でもオリたときに押し付けられるリスクを軽視しすぎてない?って俺は思う。」
オリるというのは大きな失点のリスクを回避する代わりに、自分の加点の可能性をゼロにする行為だ。加点ができないということは、その局の収支は必ずマイナスになる。オリることも十分なリスクを背負っているのだ。
たろう「放銃しなければ良いというものではない。放銃の失点や確率をしっかり考えないといけないよね。」
以下は12月3日時点での平均和了点と平均放銃点を基に算出した2つの数字の差だ。
※平均和了点・平均放銃点のデータはなかむ~さん(@mt_nakamuu)のデータより引用
Mリーグでのたろうの和了平均点は8,335点。対して平均失点は4,896点。この2つの数字の差3,459点はぶっちぎりの1位だ。このデータは、たろうが安い手への放銃をいとわず、それと引き換えに高打点のアガリを逃さないことを示しているのではないだろうか。今回、たろうはその極意を教えてくれた。
たろう「イーシャンテンで全ツできる手牌を作ること。」
一般的に、イーシャンテンで全ツする(=全部ツッぱる)ことは損だと言われているが、たろうはイーシャンテンで全ツするために手組みすると言う。これはどういうことなのだろうか。
たろう「イーシャンテン全ツが損なのは、全ツして損になるような価値の低いイーシャンテンにしか手組みができていないからだよね。」
なるほど。では、イーシャンテン全ツに見合うような価値の高い手牌を、たろうがどのように作り上げているのか見ていこう。
東3局の手牌、やに手がかかりそうだがたろうは打とした。
たろう「真っすぐ進めても鳴いたら2,000点の手になっちゃう。やドラのを重ねた満貫の仕掛け、のトイツを生かしたチートイツ辺りを目指したいよね。こうすることで価値の高いイーシャンテンの手が組めるんだ。」
アガリに必要なのは、言うまでもなくメンツ予備軍である「ターツ」だ。その貴重なターツを序盤では惜しげもなく切り捨て、孤立牌であっても高打点に繋がる牌を残す。イーシャンテンで全ツするための手組み。
たろう「高打点の仕掛けには周りも対応するし、こちらも高打点を理由に中盤以降も押し返すことができる。そうすると平均打点も高くなるし、自然と流局時のテンパイ率も高くなる。」
一見するとテンパイとは逆の道を辿っているように見える。だが、たろうの語る通りここまでの流局時テンパイ率は51.5%(※)。これは前原雄大選手、魚谷侑未選手に続いて個人3位の数字だ。
※なかむ~さん(@mt_nakamuu)さんのデータより引用 12月5日時点
先ほどの手牌、13巡目にをポンして2,600点のテンパイとなった。しかしを端に寄せたこの並べ方は…
たろう「もちろんはポンしてドラの単騎にするよ。」
ということだ。2,600点のテンパイであると同時に、8,000点のイーシャンテンでもある。価値のある手組みとはこういうことであり、たろうがオリないのはオリる必要のない手組みをしているからだ。
東4局、この手牌もペンを構成するから切り飛ばしていく。
たろう「ドラ表示牌のペン受けを抱えて、役牌の重なりをロスするのはやってないよね。引いたらフリテンのドラ受けを残せばいいし。」
そうして10巡目に先制の両面リーチ。ペンが残っていることで、この形になっていない人も多いだろう。
面白いのはを切っておきながらは7巡目まで引っ張っていること。
たろう「いらないのはペン。はドラ受けとして必要だからね。当然でしょ。」
と無邪気に語るこの男だが、持っているのは攻撃の鋭さだけではない。
南2局、終盤に茅森選手がをチーしてペン待ち2,000は2,300点のテンパイ。
それを受けたたろうの手が以下。
ドラのがトイツのイーシャンテンでを掴まされる。これは放銃だ…と誰もが思った。しかし驚くことに、たろうはこのを止めて切りとしてみせた。
たろう「あれはがほぼ当たりだと思ったから止めたね。」
ほぼ当たり?そんなピンポイントで読むことが可能なのだろうか。
たろう「を先に切って固定してのペンチーで茅森(セガサミー:茅森早香選手)の鳴きは手役絡みが濃厚。加えて初打がだったから、手役は一通よりも三色だなって思った。三色に絡む牌で通っていないのはの3種類だけど、が2枚切れだったからを先切りしてのカン固定はやり過ぎなように感じて、可能性が低いと思った。場況的に良さそうに見えるペンの可能性が最も高いと思ったよ。」
残っている三色の牌でが最も当たりそうな理由は理解できた。とはいえ、をチーして既に三色が全て完成しているケースもあるのではないか?
たろう「それについては道中で茅森がのトイツ落としをするんだよね。そこが肝だった。」
たろう「をトイツ落としするって赤アリでは珍しいことなんだよね。ということは残ったブロックが、手役に絡んでいるか良形かのどちらかに限定される。そこから考察しても手役絡みのブロックが残っている可能性が高いと思った。」
それらの読みからを使い切るチートイツへと受けを絞ったという。
たろう「自分の手が安ければで1,000点か2,000点に打っちゃってもいいかなとも思うけど、自分がアガりたい手だったからね」
次巡、を引き入れて狙い通りチートイツでテンパイすると、単騎でリーチに踏み込んだ。
たろう「茅森がオリてを切ればがノーチャンスになる。そしたらのオリ打ちも期待できるかなって。」
強欲で無邪気。しかし全ての選択に合理的な理由がある。だからこそたろうは強い。
結果、アガることはできなかったものの1人テンパイで流局。2,300点の失点を3,000点の加点に変えてみせた。放銃していた場合と比べたら、リーチ棒を差し引いても上下で4,300点もの差がある。
たろうは無茶な押しをしているように見えるが、本当に危険な牌は止めていくことができる。放銃確率を考えるというのはこういうことだ。
インタビューの最中、徐々に語りに熱を帯びたたろう。続けて自身の麻雀観についてこう語った。
たろう「いい手が入ったときだけ攻めて、悪いときはオリるみたいなのが麻雀の基本とされてるけど、そういうのあんまり好きじゃないんだよね。いい手じゃないときはいい手にするような手組をするべきだし、悪い手でも悪いなりにできることは全部やらないと。」
これが勝つための合理的選択を尽くす麻雀、ドリブンズの信念とするところだ。
でもね…と続けてこうも語った。
たろう「ただただ高打点へ一直線というのもよくなくて。大切なのはバランス。巡目や残り局数、着順を考慮して妥協点を見つける必要はあるよね。」
ラス目で迎えた南3局、4巡目にとのシャンポンでテンパイするもダマテンに構えた。
たろう「この待ちと打点ではリーチのギャンブルに対して見返りが少ないと思って。を引いてからのタンヤオ変化、を引いてのピンフ両面変化を待つほうが得だろうと考えた。ツモったら当然切ってフリテンリーチだよね。」
確かにこの巡目と点数状況なら、良形となるピンフ変化かタンヤオに変化した満貫クラスのアガリが欲しいところ。
しかし、7巡目に見切りをつけてツモ切りリーチとする。
たろう「巡目が経過したことと、萩原さん(TEAM雷電:萩原聖人選手)が2つ仕掛けて、手変わりへの時間的猶予がなくなったなと感じた。いつまでも夢は見ていられないし、この辺が妥協点かなって。」
高打点へ一直線なのは序盤だけ。中盤以降は他家の速度感を計りながら、バランスを取らなければいけない。
実際にこのリーチを受けて一発目、萩原選手が待ちのテンパイを入れるも、ドラのを打ち切れずオリに回った。1巡でもリーチの判断が遅れていれば、萩原選手のアガリで決着していただろう。
たろう「あとは茅森から→って手出しが入ったのも一つの要因かな。が山に残っている可能性が高いと思った。」
その読み通り、ツモ切りリーチの時点では3枚残り。筆者の感覚がマヒしているのか、このくらいの読みでは驚かなくなっている。
結果は僥倖のツモで2,000・4,000のアガリ。
一気に2着に浮上する。
オーラスは萩原選手と茅森選手のリーチを凌ぎ切り、2着でフィニッシュ。
勝つための選択をすべて尽くしたたろうが手にしたのは4.4pt。この4.4ptは鈴木たろうにしか手にすることのできない、貴重な貴重なドリブンズの財産だ。
暫定首位に立ったが、ドリブンズはこれからもまだまだ突き進む。
なぜなら、勝利に貪欲な3人が集まっているからだ。