U-NEXT Piratesのキャプテンとしてチームをけん引している小林剛プロは、Mリーグ2019朝日新聞セミファイナル&ファイナルで栄えある優勝を勝ち取った。
覇者となっても奢ることなく「オーナー企業やスポンサーには大変な負担をかけているので、Mリーグが続くような業界にならなければいけないですね」と勝って兜の緒を締めている。
とにかく数学が好きで、確率が得意だった
中学校では柔道部に所属していた。「小学校の時にプロレスがすごく流行っていたんで、格闘技は好きだったんですよね」と体は小さかったが、柔よく剛を制すで、大きな相手を返し技で倒すことに燃えていた。
高校でも柔道部に入ったが、徐々に麻雀に没頭するようになった。「同じクラスに麻雀ができる友達が10人ほどいて、一緒にやるようになって覚えました。とにかく数学が好きで確率が得意だったので、麻雀は最初から確率のゲームだと思ってやってました」と点数計算もお手のものだった。
当時の麻雀仲間たちとは今でも繋がっている。「Mリーグで僕が打つ度にLINEグループが盛り上がってますね」
最高位戦日本プロ麻雀協会から麻将連合へ
大学時代にアルバイトで入った麻雀店では、最高位戦日本プロ麻雀協会(当時は日本麻雀最高位戦)のAリーグも開催されていた。競技麻雀の世界を目の当たりにし「この世界は面白そうだな」とプロ入りを目指し、アマチュア枠で發王戦や王位戦にも出場するようになった。
同団体では当時、奨励会に1年間通わなければプロテストを受験できない制度だった。
筆記テストも一般教養もトップレベルの成績で通過した小林プロは、最終テストとなる2日間にわたって行われる実技対局において、最終戦はトップを取った者のみ合格という狭き門を勝ち上がった。「真冬の2月だったあの日は、雪が降っていました」とプロになれた日のことは、今でも鮮やかに記憶している。
1996年、20歳の時にプロ入りした同年、当時同団体の代表を務めていた井出洋介プロ(現麻将連合GM)が、最高位戦日本プロ麻雀協会と袂を分かち、1997年に新団体となる麻将連合(当時は麻雀連合)を立ち上げた。「20歳の若造だったんで、正直よくわからないままついていった感じでした」と21歳の時に麻将連合に移籍した。
誰にでもわかりやすく伝えるために
プロ入り以降、小田急デパートの麻雀教室等、麻雀教室講師として15年以上、初心者やアマチュア愛好家と接してきた。
そのため麻雀を世の中に広げるためには、誰にでもわかりやすいように専門用語を噛み砕いて話すことを強く意識している。「麻将連合では、とくに井出さんが大勢の人に向かって話している言葉はわかりやすい。われめDEポンの対局解説もずっとやってましたけど、今と違って見本がいない中で考えてやっていたのはすごいと思うんですよね。対局実況はフジテレビの野島卓アナウンサーが作ってくれて、ドラをリリースした!等、野島さんが作られた言葉はかなりありますよね」と1995年から現在も放映されているCSフジテレビ麻雀対局番組「THEわれめDEポン」を通じて麻雀を世に広めてくれた先人に敬意を表している。
近年、対局解説を請け負うことも多い小林プロは、駒の動かし方しか知らないが、将棋番組をよく見るようにしている。「解説者がよく2四同歩とか4六銀とか延々言うのが全然わからない。ということは麻雀も同じことしちゃってるな」と将棋の解説を聞き、誰にでもわかりやすく伝えるためには、専門的なことはほどほどにしなければならないと参考にしている。
麻雀熱を再び熱くさせてくれた「天鳳名人戦」
2005年、29歳の時に麻将連合の最高峰タイトルである将王を獲得以降、数年間は「切り間違いもいっぱいしていたし、後はもう衰えていくだけ」とモチベーションが下がっていた時期があった。
そんな頃、世界中に愛好家を持つオンライン対戦ゲーム「天鳳」で「天鳳名人戦」が麻雀スリアロチャンネルで生配信されることになった。
2011年に行われた第1回天鳳名人戦の対局者の中に、ASAPIN(※)とマーク2(※)というふたりの天鳳位(※)がいた。「ふたりとも諦めないというか、鳴きながらよく粘るなという印象でした。とくにマーク2はすごいな」と再び向上心が湧き上がった。
「その頃の僕の麻雀は淡白で雑になっていたんです。やっぱり麻雀ってこういう風に打たなければいけないな」と初心に戻り、第1回天鳳名人戦では初代名人位を獲得。翌年も優勝し、連覇した。
※ASAPIN=朝倉康心プロのハンドルネーム ※マーク2(≧▽≦)=二代目天鳳位のハンドルネーム ※天鳳位=ネット麻雀天鳳における最高ランクの称号
打数換算すると「Mリーグは一打1000円」
「中学までの数学なら今でも自信はありますね」と、身の回りのことを“換算”して捉えることは多い。「たとえばMリーグは最低年棒400万円とされていますが、年間ひとり30半荘程打つとした場合。1試合あたり約13万円と換算すると、約130巡前後あるので、毎巡1000円もらってツモって切ってをやっていることになります。とくにリーチ後は視聴者に牌を見せることしか仕事がないにもかかわらず、ツモってきた牌が見えにくいなんてことがあれば、1円たりとももらう資格はないということです」と対局内容だけでなく、視聴者が見やすい卓上所作の両方で一打1000円の価値があると受けとめている。
「こうした数字はよく考えるんですが、じゃあカラオケ代で1時間1000円払ってなんの見返りがあるんだ。お前はそもそも割に合わないことをしているじゃないかと言われちゃいますけどね」とはにかむ。
感銘を受けた麻雀プロとしてのあるべき姿
小林プロの無駄のない卓上所作は、麻雀店で一緒に働いていた菅原広行さん(※101競技連盟)から影響を受けた。「牌を間違ってつかんでも自己責任だと、そのまま潔く切る人でした」と麻雀も強く、牌の扱いも丁寧な先輩だった。「どうでもいいところでわざと考えるようなことは技術じゃない。でも多面待ちのような難しい待ち選択でもスパッと切れるのが技術」と教わり、自身も実践している。
※101競技連盟=古川凱章プロが1982年から主宰した「順位戦101」がルーツの競技団体
麻雀は思うように打てばいい
色紙には「ちー!ぽん!せんてん!!」と書いている。「麻雀を始めたころは好き放題にやっていたのに、1000点なんかで鳴いていいんだろうか。高い手を目指したほうがいいんじゃないかと思い始めるアマチュアの方は多いと思うんです。麻雀番組でもそうやって打つ人は少ないので、何をやってもいいんだよということと、基本はアガるものなんだよということは伝えたいですね」と常に麻雀ファンが増えることを念頭に置いて、精密な一打を繰り返している。
小林剛(こばやし・ごう)プロフィール
生年月日:1976年2月12日
出身地:東京都八王子市
血液型:AB型
キャッチフレーズ:麻雀サイボーグ
勝負めし:とくになし
著書:「アガリ率5%アップ何切る」(竹内隆之氏との共著/竹書房)、「スーパーデジタル麻雀」(竹書房)、「麻雀技術の教科書 効率的なアガリ方」「麻雀技術 守備の教科書 振り込まない打ち方」 (共に井出洋介プロとの共著/池田書店)
主な獲得タイトル:第3・7・9期 将王、第1・2期 天鳳名人位、藤田晋 invitational RTDリーグ2018、Mリーグ2019朝日新聞セミファイナル&ファイナル他
年 | 歳 | 主な出来事 |
---|---|---|
1976 | 1歳 | 東京都八王子市で生まれる |
1988 | 12歳 |
中学、高校ともに柔道部に所属 |
1994 | 18歳 | 東京理科大学入学 |
1995 | 19歳 | 最高位戦奨励会入会 |
1996 | 20歳 | 最高位戦日本プロ麻雀協会(当時は日本麻雀最高位戦)21期生としてプロ入り |
1997 | 21歳 | 麻将連合(当時は麻雀連合)に移籍 |
1999 | 23歳 | 初のメディア対局となるMONDO TV「麻雀デラックス電影大王位決定戦」に出場 |
2003 | 27歳 | 第三回野口恭一郎賞を受賞 |
2005 | 29歳 | 第3期将王 |
2009 | 33歳 | 第7期将王 |
2011 | 35歳 | 第1期天鳳名人位、第9期将王 |
2012 | 36歳 | 第2期天鳳名人位 |
2015 | 39歳 | モンド杯出場 |
2016 | 40歳 | 藤田晋 invitational RTDリーグ出場 |
2018 | 42歳 | U-NEXT Piratesからドラフト1位指名を受ける。藤田晋 invitational RTDリーグ2018優勝 |
2020 | 44歳 | Mリーグ2019朝日新聞セミファイナル&ファイナル優勝 |
◎写真:佐田静香(麻雀ウォッチ) 、インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)