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Mリーガー列伝(1):近藤誠一(フェニックス)

Mリーガー列伝(1):近藤誠一(フェニックス)

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一般企業の中間管理職のような風貌、キャッチフレーズは麻雀ジェントルマン。しかしそこからはとても想像する事が出来ない、独創的な麻雀で見る者を魅了する男。

今回はセガサミーフェニックス・近藤誠一の軌跡を紹介したいと思います。

近藤誠一プロフィール

◆近藤誠一(こんどうせいいち)
◆生年月日:1963年8月1日(55歳)
◆出身地:兵庫県尼崎市
◆血液型:A型
◆所属チーム:セガサミーフェニックス
◆所属プロ団体:最高位戦日本プロ麻雀協会
◆趣味:温泉
◆主な獲得タイトル:第37・40・41・43期最高位、第10・11回モンド名人、第13回モンド王座、2018最強位、2018麻雀駅伝団体優勝、四神降臨2013王座・2015秋陣、2015・2016日刊スポーツ杯スリアロCSGC、京都グリーン杯2016夏
◆Twitter:@sei1k
◆Instagram:@kondoseiichi

一度は不合格もプロの道を諦められずに33歳で最高位戦へ

2018年8月7日に行われたドラフト会議でセガサミーフェニックスから2位指名を受けた近藤誠一。今でこそ多くのタイトルを獲得しドラフト指名も確実と言われた中での指名でしたが、ここにたどり着くまでには決して平坦な道のりではありませんでした。

学生の頃、毎日麻雀を打ち、毎日「月刊近代麻雀」(竹書房)を読んでいた近藤は、第9期最高位を獲得して誌面を席巻していた金子正輝(※1)の記事を読み、「この人と本気で打ってみたい」と最高位決定戦の舞台に憧れるようになります。

1988年、24歳の近藤は第13期最高位戦のプロ試験を受験しますが、なんと不合格となってしまいます。当時の最高位戦のプロ試験は倍率30倍、実技試験で上位の成績を残すことが合格条件と非常に難関でした。

その後は予備校講師の道に進み、しばらく競技麻雀と縁のない生活を送りますが、最高位戦に入りたい気持ちを抑えきれず、第22期(1997年)に再度受験し見事合格、33歳で最高位戦に入会しました。

その後第29期(2004年)にはAリーガーに。順調な競技生活を過ごしますが、Aリーグで壁にぶつかります。一度も決定戦に進出できないまま第33期(2008年)に12位でB1リーグに降級。翌年のB1リーグは首位で昇級し1年でAリーグに返り咲きますが、第35期(2010年)Aリーグで11位となり再び降級。

しかし、ここで近藤に転機が訪れました。近藤が敬愛する「大魔神」飯田正人(※2)が体調不良でAリーグを休場する事を選択されたのです。これにより近藤はAリーグに繰り上げ残留となりました。

第36期(2011年)Aリーグ、近藤は飯田の分も背負って戦うんだと意気込んで対局に臨みますが、第7節(全12節)が終了した段階で▲345.3ポイントと大きなビハインド。しかし第8節に+215.0の大勝し、その後も粘りこの年を6位で終えます。

飯田正人永世最高位への想いを胸に・・・49歳で悲願の初タイトル

翌年闘病を続けていた飯田プロが亡くなったことをきっかけに、今まで積み重ねた理論を捨て去り、飯田プロのように自分の感覚を信じて戦うことを選んだ近藤は、第37期(2012年)Aリーグを2位で終え初めての決定戦に進出。そのまま第37期最高位を戴冠しました。これが49歳にして近藤の初タイトルとなりました。

初の最高位に輝き、就位式で喜びを語る近藤

 

その後50歳となった近藤は飯田が出場できなくなったモンド名人戦に出場。2度目の最高位となった後の2016年からモンド名人戦を連覇し、2017年にはモンド王座も獲得。

 
 
 
 
 
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やはり今、追伸しようと思います。 今からちょうど5年前、敬愛する飯田正人永世最高位が、3度目となる名人戦優勝を果たされました。伝説となった、まさに死闘です。 でも、モンド王座ではもう闘うことも出来ませんでした。 さらに、翌年は名人戦の椅子すら空けることになりました。 …その椅子に座るよう、呼ばれたのが私です。 もともと強く抱いていた飯田さんへの想いが相まって… もちろん、飯田さんのかわりなど出来ません。 でも、せめてかわりに勝って王座に…と思ってここまで来ました。 皆様、本当にありがとうごさいました。 以上、永遠の飯田組若頭、近藤誠一でした。

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近藤の獲得タイトルは全て過去6年間のものであり、タイトルを多数獲得している他のMリーガーと比べてもかなり異質な成績です。それが伸び盛りの30代ならまだ説明も付きますが、近藤は初タイトルが49歳。精神面での変化が結果に大きく影響を及ぼし、そこに年齢は関係ないことを痛感させられます。

また、独創的な麻雀の他に近藤の人柄も大きな魅力の一つです。同じプロでもそこは人間同士、合う合わないは必ずあると思うですが、近藤に関しては嫌いという人を聞いたことがありません。

最高位戦では長く事務局長として嫌われ役を行い、理事として運営にも携わる中で意見がぶつかることも当然あります。私も近藤にご指導いただいたことも何度かあるのですが(笑)、それでも近藤の話には聞き入ってしまう何かがあるように感じます。

それが感じられたのが、Mリーグ2018の最終戦となった2月12日の2回戦。トップを取った近藤の勝利者インタビューで、近藤の苦悩や重圧が語られています。今期のMリーグでも屈指の名シーンですので、まだご視聴されていない方はぜひご覧ください。

Mリーグレギュラーシーズン最終戦の勝利者インタビュー ©AbemaTV

こうした近年の圧倒的な成績とチーム戦での信頼感という大きな二つの武器を以て、セガサミーフェニックスからドラフト指名を受けMリーグでその力を羽ばたかせる事となりました。

初代シーズンを6位で終え、ファイナルシーズン進出はかないませんでしたが、来期は更なる進化を遂げるであろう近藤の麻雀が楽しみですね。

 

※1 金子正輝(かねこまさてる)・・・最高位戦Aリーグ通算38期(継続中)、最高位4期、現最高位戦副代表。飯田正人とともに最高位戦を代表する選手として、数々のタイトルを獲得している。麻雀に対する情熱は人一倍で、対局中に見せる様々な表情にはファンが多い。

※2 飯田正人(いいだまさひと)・・・「ミスター最高位」「大魔神」などの異名で呼ばれる。歴代最多の最高位10期や最強位、王位など数多のタイトルを獲得した永世最高位。リーチをかけてツモアガる重厚な雀風。2012年に63歳で亡くなった。

近藤誠一 年表
年齢 主な出来事
1963 0歳 兵庫県尼崎市生まれ
1988 24歳 第13期最高位戦を受験するも不合格
1997 33歳 第22期最高位戦を受験し合格。同期に村上淳・渡辺洋香
2004 40歳 第29期よりAリーグ
2008 44歳 B1リーグに降級するも翌年復帰
2012 49歳 初の決定戦に進出し第37期最高位を獲得(1期)
2013 50歳 四神降臨王座決定戦優勝
2015 52歳 第40期最高位(2期)を獲得
    日刊スポーツ杯SCGC優勝
2016 53歳 第41期最高位(3期)を獲得し連覇達成
    第10回モンド名人戦優勝
    日刊スポーツ杯SCGC連覇
    京都グリーン杯夏優勝
2017 54歳 第11回モンド名人戦を連覇し、第13回モンド王座決定戦優勝
2018 55歳 麻雀駅伝2018に出場し最高位戦チームを優勝に導く
    通算4期目の第43期最高位を獲得
    Mリーグが発足し、セガサミーフェニックスに2位指名される
    最強戦2018で優勝し最強位に
2019 55歳 Mリーグ初年度はチーム6位、個人5位でシーズンを終える

 

著書

『最強雀士が語るデジタルの向こう側 大きく打ち、大きく勝つ麻雀』(2017年 マイナビ出版)

最高位戦連覇、モンド名人戦連覇と今、実際に一番勝っている麻雀プロ・近藤誠一プロによる初の戦術書。 デジタルを極めた上で、それをあえて捨て去ることで結果が出るようになったという近藤プロが現代麻雀で勝ち抜くための秘訣を伝授! 

この記事のライター

最高位戦日本プロ麻雀協会浅井 裕介
最高位戦日本プロ麻雀協会所属。
入会10年負け続けたが、近年圧倒的な速度で勝ちを積み重ねている売り出し中の選手。
立会人を呼び続け、ついたキャッチフレーズは「日本一キレやすいプロ雀士」。

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